『丸山眞男と田中角栄』で印象に残った言葉

 以前、佐高信早野透の対談『丸山眞男田中角栄』(集英社新書)を紹介したが、なかで特に印象に残った言葉があった。

佐高信  中曽根が国鉄民営化をやる。小泉が郵政民営化をやる。しかしそれは民営ではなく、会社にしたということに過ぎません。そう私は常々言っているんです。国鉄民営化の際に、北海道の町長が「国鉄が赤字というけれども、では、警察が赤字だと言うか。消防が赤字だと言うか」と批判したそうです。警察と消防と国鉄は、同じ公共機関だということを言っている。赤字黒字は、公共のものについては簡単には測れない。僻地に10億かけることが、狭い意味での経済合理性にかなうかということではなくて、そこに民が住んでいるというところから発想しなければ公共の経済、あるいは生活の経済とは言えません。国鉄民営化と郵政民営化喝采を浴びたけれども、それは都会の人間の発想です。政治は赤字黒字で測ってはいけないものです。

 ここで「僻地に10億かけること」と言っているのは、角栄小千谷市の塩谷地区という住宅が60戸ほどしかない孤立集落に、12億円をかけてトンネルを造ったことを指している。
 ついで日中国交正常化について、

佐高信  角栄はいわば創業者であり、やはりインディペンダントの人ですね。
早野透  ええ、根本的に創業者です。田中土建をつくり、戦前は年間施工実績で全国50位まで入っていた。僕は角栄の言葉をいろいろ聞いたけれども、なかでも面白いと思ったのは日中国交正常化のときのことでした。「これはいまやらんといかんのだ。日本はあれだけ中国に迷惑をかけて、人を殺して、それで賠償なしに国交を結ぼうなんてことは、創業者の毛沢東周恩来が相手でなければあり得ない。ここを逃したら、ずっと国交正常化なんかできない。二代目は妥協できないんだ。二代目になると、賠償をとらないで日本と手を結ぼうなんて絶対にしない」と言っていました。創業者精神は、自立する政治家として、とても角栄らしい発想の仕方でした。


『丸山眞男と田中角栄』を読む(2015年8月25日)