ユーリー・ボリソフ/宮澤淳一 訳『リヒテルは語る』(ちくま学芸文庫)を読む。スヴャトスラフ・リヒテルはロシアのピアニスト。リヒテルとの対話をボリソフが記録したもの。ほとんどテープに録音したかのような自然な会話だが、すべて後日ボリソフが書き留めたという。作曲家について、曲目について、また他のピアニストについてリヒテルが語っている。しかし、日常的な対話だから、体系的でなく雑然としている。期待が大きかったので少々物足りなかった。
ただ、ところどころ優れた曲や演奏のガイドになっている。
ショスタコーヴィチでいちばん好きな3つの作品は、交響曲第8番と《ユダヤの民族詩》とピアノ三重奏曲だよ。交響曲第8番は音楽の最高峰にある。ショスタコーヴィチにとってすら、あの曲は、別の惑星だよ。悲しみを誘い、心を揺さぶる。ムラヴィンスキーはショスタコーヴィチと同じ高みにいた。彼ら2人は互いの存在ゆえに存在していた。ちょうどホフマンスタールとリヒャルト・シュトラウスのような関係だった。
質問をしよう。いちばん好きな作品は何だと思う? (中略)あててみたまえ。3度チャンスをあげよう。違う。ベートーヴェンの第32番(ハ長調Op.111)ではない。彼のソナタなら、もっと若い番号を好むね。−−違う。プロコフィエフの8番でもない。−−違う、スクリャービンでもない。確かに第5ソナタには熱い思いがあるけれど。−−答えは、シューベルトの《さすらい人幻想曲》さ。私の導きの星だ。あの音楽を神のように崇めている。
ついで、他の演奏家の録音ガイド。
(……)私があの曲(ショパンの練習曲ハ長調op10-1)を弾かないのは、すでに弾かれているからだ。つまり、ネイガウスにね。ショパンの協奏曲ホ短調(第1番)もソナタ ロ短調(第3番)も、シューマンの《クライスレリアーナ》も弾かれている。ネイガウスにね。だからもう弾かない方がいい。
モーツァルトの協奏曲イ長調(第23番)とシューベルトの即興曲変ロ長調は、ユージナが弾いている。彼女のあとに弾く気にはなれない。ブラームスの間奏曲イ長調(op118-2)もそうだ。弾いたらみっともないことになる。
ソフロニツキーの後進として、忘れてよいのは、嬰ヘ短調のポロネーズ(第5番op44)、ショパンの前奏曲ト短調(第22番)、スクリャービンのソナタの、3番、8番、10番。
ギレリスは、ブラームスの協奏曲ニ短調(第1番)の見事な演奏を残した。だから私はこの曲を弾かない。
ガブリーロフが弾くから避ける曲は−−〈スカルボ〉、《イスラメイ》、〈ロミオとジュリエットの別れの前の場面〉。そして、そう大事な曲を忘れていた。ラフマニノフの協奏曲第3番だ。
このネイガウスはスタニスラフではなく、ゲンリヒだろう。リヒテルが高く評価しているのは、マリヤ・ユージナだ。
アファナシエフが否定的に語っていたキーシンをリヒテルは評価している。
キーシンの弾くショパンを聴いた。遺作のワルツ ホ短調だ。これを凌ぐ演奏はありえないと思う。(中略)
ところでキーシンがドビュッシーを弾くときには、必ず聴きに行きたまえ。素晴らしいぞ! すぐにわかるはずだ、指のあいだに冷気が漂うのが。
ロシアの音楽家の自伝には興味深いものがある。『ガリーナ自伝』(みすず書房)はすばらしかった。ガリーナ・ヴィシネフスカヤはチェロ奏者のロストロポーヴィッチ夫人で、優れたソプラノ歌手だ。
また真贋どちらに決定したのか知らないが、ヴォルコフ著『ショスタコーヴィチの証言』(中公文庫)もおもしろかった。非常な国では名作が生まれるのだろうか。
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