『映画は語る』における淀川長治の語り口

 淀川長治山田宏一『映画は語る』(中央公論新社)は淀川に対する山田のインタビュー集だ。すばらしい映画談義が交わされている。淀川のクセのある語り口を紹介したい。

山田  最近の、というより、もうだいぶ前から、フランス映画には淀川さんがおっしゃられるような大人の映画がなくなってきたのではないでしょうか。
淀川  なくなってきたなあ。『愛人/ラマン』見た? ぼくは、あの監督を少し認めてたのよ。『薔薇の名前』ね。
山田  ジャン=ジャック・アノー監督ですね。『薔薇の名前』は1986年、『愛人/ラマン』が1992年の作品ですね。『薔薇の名前』はウンベルト・エーコの原作の力もあるのでしょうか、よかったですね。最初の作品が1977年の『ブラック・アンド・ホワイト・イン・カラー』でした。
淀川  それから、『人類創世』(1981)、あれ好きだったのね。それから『小熊物語』(1988)。あれがわりによかったの。だから『愛人/ラマン』もわりあいに買っちゃったのね。そしたら、蓮實(重彦)さんがね、「あれはばかですよ」って(笑)。もう何も言えなくなっちゃったのね。考えたらそうなの。やっぱり、ばかだよ。どうしてか言うたらね、あの監督、『散り行く花』(1919)を見てないもんね。
山田  D. W. グリフィスの、あのサイレントの名作を……あ、そうなんですか。
淀川  『散り行く花』は、中国の青年とイギリスの13歳の少女が心中する話でしょう。『愛人/ラマン』も中国の青年とフランスの少女の恋愛映画でしょう。だから、『散り行く花』のこと、聞いたの。そしたら、「見てません」って。このあまりにも有名な、グリフィスを勉強しとったら、言えないようなせりふなの。『散り行く花』を見てないことは許されないのよ。有名すぎる。『イントレランス』(1916)に近いぐらい有名なの。それを、あんなの、見てませんと、平気であの監督が言ったの。それで、ぼくの言ったことを勘違いしたのね。「いま、これから見る」言うから、「なんでこれから見るの。いま、12時よ。いまから見るの?」言うたら、「はい」って。「偉いねえ」って言うたら、違っとったのよ。ちょうど東京の桜の花がいま散るから、そう思ってた。
山田  『散り行く花』を映画でなくて、散り行く桜と勘違いしたのですか(笑)。夜桜見物をするつもりで(笑)。
淀川  そうなのよ。映画やなかったから、ぼくはもう、こいつ、ばかだなと思ったのよ(笑)。そんなんでね、蓮實先生がさ、あれはばかだって(笑)。わからんことなかったよね。やっぱり、弱いなあ、いま見たら。
 最近はフランス映画いうても、ちょっと小粒で、弱くなったな。『トリコロール』なんかにしても気取りすぎやな。
山田  ポーランド人のクシシュトフ・キェシロフスキ監督の1994年の作品。私はこの監督のものがすごく苦手なんです(笑)。外国人の監督の作品がこのところどんどんふえてきたせいか、フランス映画というイメージの実体がなくなった感じなんですね。フランス的な強烈な個性を感じさせる映画作家がいないせいかもしれませんが。エリック・ロメールぐらいではないでしょうか。
淀川  『木と市長と文化会館』(1992)、よかったな。恋愛も何もないのに、あんなもんがよく映画になったな。
山田  エコロジーの問題を論じているだけなのに、すごく映画的な昂奮があるんですね。
淀川  うまいな、あれは。少女が緑がほしいって市長さんに言うてね、あの子供のアイデアがいいな。童話みたくてね。画(え)もきれいでしょう。
山田  すごくきれいなんですね。たしかに童話的な風景ですね、あの映画のイメージは。
淀川  それから、『レオン』見た? ちょっといいのよ。
山田  リュック・ベッソン監督の最新作(1994年)ですね。リュック・ベッソンは『ニキータ』もおもしろかったですね。連続活劇の楽しさみたいな。
淀川  そう、『ニキータ』もよかったな。今度の『レオン』は、ゴーモンの会社のマークから始まるからフランスかと思ったら、ニューヨークなのね。中年の殺し屋と少女のお話で、チャップリンの『キッド』(1921)みたいな親子の関係になるのがいいな。歌舞伎の「お半長右衛門」みたいな心中ものにならんとこがね。しゃれてるな。
山田  『レオン』もフランスがつくったアメリカ映画なんですね。

 話題になっている映画のうち見たものは、『愛人/ラマン』『薔薇の名前』『イントレランス』『レオン』くらいだ。『散り行く花』も見ていない。『愛人/ラマン』弱いかなあ。原作がマルグリット・デュラだった。エリック・ロメールは何本か見たが、好きな監督の一人だ。『海辺のポーリーヌ』が印象に残っている。『薔薇の名前』は映画を見てとても気に入って分厚い原作を買ったのだったが、家族sが読んだのに私はまだ読んでない。家族sの評価はとても高かった。
 淀川長治の映画に関する深い教養、天才的な記憶力、映画への愛情、ちょっととぼけた語り口、それらが実に見事だ。日本の偉大な文化人の一人だと思う。


映画は語る

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