片岡義男『日本語と英語』を読む

 片岡義男『日本語と英語』(NHK出版新書)を読む。なかなか楽しかった。片岡は祖父がハワイの日系移民、父が日系2世で、少年時ハワイで過ごした経験があるという。幼い頃から日英の言語に親しみ、また二つの言語の微妙な違いにも関心を持ってきたようだ。日本語で発表した小説やエッセイも多く、少なくとも日本語に関してはプロと言える水準だ。
 本書は片岡が長年作ってきた日英の表現で気になった言葉を採録したカードから83例を取り上げて考察を加えている。その「14 同点」の全文。

 野球の試合を中継していて、同点の走者がホームベースを踏む瞬間、実況アナウンサーは「同点!」と叫ぶ。同点にしたから同点になるのだが、同点へとゲームを導いたプレーヤーたちのアクションは「同」と「点」というふたつの漢字の内部にたたみ込まれ、同点へのアクションの結果としてそこに生まれた同点という状態だけが、「同点!」のひと言によって言いあらわされる。
 英語だともっとも普通には、The game is tied.となる。同点へ持っていったいくつかのアクションの表現を、tieというひとつの動詞が引き受ける。日本語では同点になったその瞬間に、同点という状態が生まれ、それがそのとおりに表現されるのだが、英語だと同点へのいくつものアクションの帰結点が、動詞の過去分詞で言いあらわされる。生まれた状態よりも、アクションとその結果を、英語は言いあらわす。

 日本語と英語の表現が、深いところから違っていることを教えられる。惜しむらくは、副題にあるとおり「その違いを楽しむ」に止まっていて、理論的な普遍化がなされていないところだ。誰かこのあとを書き継いでくれないものか。


日本語と英語 その違いを楽しむ (NHK出版新書)

日本語と英語 その違いを楽しむ (NHK出版新書)