津野海太郎『編集の提案』を読む

 津野海太郎『編集の提案』(黒鳥社)を読む。津野の編集に関する古い文章を編集の宮田文久が拾い出して1冊にまとめている。津野は50年ほど前、演劇集団68/71(後の黒テント)の演出を手掛け、また晶文社の編集者として晶文社の出版方針を先導したという印象がある。また『本とコンピュータ』の編集長として、DTPをいち早く取り上げたのではなかったか。高橋悠治との『水牛通信』は名前だけ知っていたが読んだことはなかった。

 座談会などから原稿にする「テープおこしの宇宙」は興味深かった。私も仕事でテープ起こしを依頼したことが何度かあったが、こんなに奥深いものだとは知らなかった。

 座談会について、デューク大学フレデリック・ジェイムソン教授の発言を引いている。「私が思うのは、私はこれに類するものをよく読んでいるとは言えませんが、それでもアプリオリに、座談会は真剣な論争を許容しない形式ではないか、ということです」。

 

 このジェイムソンの発言を受けて、テツオ・ナジタ、マサオ・ミヨシ、ハリー・ハルトゥニアンといった出席者たちも、座談会はコンセンサスのない場所にコンセンサスの見かけをつくりだす方法である、という意味のことをズケズケと口にしている。ようするに座談会形式にたいしては批判的なわけで、酒井の見解よりも、どちらかといえば、こちらの意見のほうがここでの議論の基調になっていると私には感じられた。

 

 この酒井の見解というのは、酒井が「現在、米国でも座談会という討論、対話、議論の形式についての知的関心が高まってきており、座談会に対応する文学ジャンルが存在しないことから、ZADANKAIという語そのものを名詞として導入しようという試みが一部でなされている」との発言を引いている。

 私も座談会という形式に対しては積極的な価値を認めがたいという見解に賛同するものだ。なお、ここで名前の出たテツオ・ナジタはハワイ出身の日系の歴史学者だが、彼に日本語を教えたのが鶴見大学の新山茂樹教授だった。新山はほかにも村上春樹の英訳者ジェイ・ルービンに日本語を教えている。

 新山が優れた学識を持つにも関わらず知る人が少ないのは、鶴見大学の教授だったからに違いない。良妻賢母を育成するという大学の方針から、優れた弟子が育たなかったのだろうと思う。同じく優れた画家だったのにも関わらず知名度がイマイチだった酒匂譲も家政大学の教授だったため、教え子たちが画家になることなく家庭に入ってしまい、日本の画壇で酒匂を押す画家が少なかったことによることと、相似だと思う。

 津野が『子供!』というインタビュー集を作ったとき、すでに小学生のときから、女の子たちが人間関係――つまり友だちとか親とか先生とかの関係につよい関心をもっていて、表面に見えるものの裏を読む、さらにそのまた裏を読むといった繊細な技術にびっくりした覚えがある、と津野は言う。その点に関する限り男の子たちはまったくの無能力。女の子たちに一方的に内心を読まれているだけでじぶんから人間関係の奥ふかいところを読みとこうとする意欲がほとんど感じられない。

 そのかわりに男の子たちが関心をもっているのは、昆虫とか切手とか鉄道とかのモノ。もしくは野球とか釣りとか剣道とかのスポーツ。自分が熱中しているモノやスポーツの話題になると、おもたい口がようやくほころびはじめる。

 そのあとで『家族?』というインタビュー集をつくって、同じ傾向が大人になってもそのままつづいていることに気づいた。家族という関係についての意見や感想ではなく、特定のとき、場所で、じぶんたちの関係に何が生じたのかを、できるだけ具体的に話してもらおう。そう考えてインタビューをはじめたのだが、男というのは、この手の質問にはまったく対応できない。モノやスポーツに関してはあいかわらず饒舌だが、仕事を離れて、ひとりの人間として家族や他人たちと結ぶ関係については、具体的なことがどうしてもうまくしゃべれないようなのである。そのかわり、どんな話もすぐ「意見」になってしまう。しかも、どれも最近の新聞やテレビで読んだり聞いたりしたことがあるような意見や概括ばかりで、じぶんの生活のなかでジックリたしかめてきたという手応えがない。

 この辺り、私も同じなのだろう。

 植草甚一に本を出版させたのも津野海太郎だった。片岡義男には雑誌『ロンサム・カウボーイ』に小説を連載させた。平野甲賀をさそって雑誌や晶文社の書籍の装丁を任せた。津野海太郎の出版における影響力は小さなものではなかったと思う。しかし津野を編集者として位置付けるのは少しずれているのではないか。編集者という裏方ではなく、やはり表舞台の人という印象が強いのだ。

 本書の裏表紙にごく小さなマークがあって、「取引代行TRANSVIEW」とある。でもその名前は奥付にはない。黒鳥社発行とあるだけだ。おそらく黒鳥社は取次に口座を持っていないので、トランスビューが販売を代行しているのだろう。

 

 

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