再び、日本語のピジンイングリッシュ化を危惧する

 白井恭弘『ことばの力学』(岩波新書)に、渋谷の街で英語の広告を見かけた話が紹介されている。

先日、渋谷の街を歩いていたら、目の前に巨大な広告塔があり、すべて英語でコンサートを宣伝していました。外国のアーティストかなと思って近づいて行ったら、藤井フミヤさんでした。なぜ広告会社がこのようなことをするかというと、「内容がわかる」ということよりも、英語という言語が与える「かっこいい」イメージを重視しているのでしょう。

 広告では正確なメッセージよりもかっこいいイメージを重視するというのも分からないではない。というか、むしろかっこいいイメージが重要なメッセージなのだ。
 最近また普通の日本語の中に英語をまじえて語るのが多くなった。あるネットの中での発言を取り上げる。

もちろんアートフィールドはコマーシャルギャラリーと貸画廊だけではありません。ノンプロフィットのオルタナティブスペースの存在も無視できません。むしろこれからは、コマーシャルギャラリーと共に、その重要性が増すことになるでしょう。

「アートフィールド」「ノンプロフィット」「オルタナティブスペース」等々、短い文章の中にカタカナ表記が頻出している。
 これらは、日本語がピジンイングリッシュ化していることを表していないだろうか。ピジンイングリッシュなどのピジン言語について、Wikipediaによれば、

 ピジン言語(ピジンげんご、Pidgin languageまたは単にPidgin)とは、貿易商人など外部の人間と現地人との間に於いて異言語間の意思疎通のために自然に作られた混成語(言語学的に言えば接触言語)。これが根付き母語として話されるようになった言語がクレオール言語である。旧植民地の地域で現地に確立された言語がない場所に多く存在する。英語と現地の言語が融合した言語を「ピジン英語」といい、一般に英語の“business”が中国語的に発音されて“pidgin”の語源となったとされている。
 親の世代が第二言語として話していたピジン言語が、母語として獲得されてクレオール言語として定着する過程をクレオール化と呼ぶ。社会的に認められて、名前に「ピジン」とあってもクレオール言語として定着しつつある言語も多い。なお、ある程度定着してまとまった数の母語話者がいる場合は、便宜上「ピジン言語」ではなく「クレオール言語」に分類される事が多いが、両者の間にはっきりとした境界があるわけでは無い。

 田中克彦クレオール語と日本語』(岩波書店)からの孫引きだが、ハンコクが1977年に世界全体でのピジンクレオール語の分布図を作っている。それによると日本では2カ所に印が付けられている。幕末の横浜と戦後のアメリカ軍基地周辺だ。後者ではアメリカ兵と付き合っている日本の若い女性(パンパンと呼ばれた)が「ミーはね、ウォント・マニーなのよ」などと言っていたと紹介されている。ピジン語は「その場かぎりのコミュニケーションを何とかきりぬけるためのやりくり言葉」なのだ。
 どうやら現在、日本では3カ所めが記録されそうだ。主に東京や大阪など都市部を中心とした地域で、使用している階層は新しいものが好きなインテリ層と無反省な若年層のようだ。



ことばの力学――応用言語学への招待 (岩波新書)

ことばの力学――応用言語学への招待 (岩波新書)