田中克彦・H. ハールマン『現代ヨーロッパの言語』(岩波新書)を読む。田中とハールマンの名前が並んでいるが、二人の共著で、田中はモンゴル学と言語学が専攻の優れた言語学者、ハールマンは12歳年下のドイツの言語学者である。
前半半ば近くが第1部「言語からみたヨーローッパ」となっていて、その中に4つの章が立てられており、「自然の言語から社会の言語へ」「近代ヨーローッパ諸語の起源」「言語の状況、およびイデオロギー」「統合から造成へ」等が語られる。
本書に取り上げられた現代ヨーローッパ言語は67となっている。それらの起源や類縁関係が示されている。各言語の起源が意外に新しいものが多いのも予想外だった。また政治的な理由によって方言に近かった言語が独立の言語とされていくなど、言語が固定的なものではなく、動いているものであることも教えられた。
スイスの多言語状況が詳しく語られる。ドイツ語人口が415万人で全人口の65%、フランス語人口が117万人で18%、イタリア語人口が62万人で10%、レト・ロマン語人口が5万人で1%未満となっている。この少数が話すレト・ロマン語が4つめの国語になっているのは、第2次大戦中ファシスト・イタリアがイタリア語との同族関係から統合をほのめかしたことへの対抗によるものだった。そのようなエピソードの数々が紹介されている。
第2部は「現代ヨーロッパ諸語概観」となっていて、67の言語が話し手の多い順に1言語3ページから半ページで解説されている。1位がロシア語で話し手1億人。2位がドイツ語、以下英語、イタリア語、フランス語、話し手4千万人のウクライナ語等々と続く。スペイン語は世界では2億人だが、ヨーロッパではスペイン本国の2380万人で8位。おごそかにひびく言葉で、「イタリア語は女性と話すのに、フランス語は男と話すのにはいいが、神とはスペイン語で話すのがふさわしい」と言われるという。
フランスの南西部からスペインのビスケー湾に沿った地域で話されるバスク語は話し手60万人、第38位。48位のマルタ語はマルタ共和国の33万人によって話されている。ほとんどのマルタ人はイタリア語とのバイリンガルで、教養層には英語を話す者も多い。
最後の67位はマンクス・ゲーリング語。オートバイレースで有名なマン島で話された言語。1969年に話し手1人だった。その後絶滅したが、マンクス語蘇生運動志願者の努力で数百人にまで増えているようだ。
なかなかおもしろい内容だった。出版されたのが1985年だったのでもう30年前になる。ソ連が崩壊したこともあり、ヨーロッパの言語状況も多少の変更はあっただろう。田中克彦は好きな言語学者だ。どれを読んでも外れたためしがない。

- 作者: 田中克彦,H.ハールマン
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1985/02/20
- メディア: 新書
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