吉本隆明の詩

 吉本隆明が昨日3月16日に亡くなった。87歳だったという。吉本隆明の詩集から「少女」を引用したい。

     少女



えんじゆの並木路で 背をおさえつける
秋の陽のなかで
少女はいつわたしとゆき遭うか
わたしには彼女たちがみえるのに 彼女たちには
きつとわたしがみえない
すべての明るいものは盲目とおなじに
世界をみることができない
なにか昏いものが傍をとおり過ぎるとき
彼女たちは過去の憎悪の記憶かとおもい
裏切られた生活かとおもう
けれど それは
わたしだ
生れおちた優しさでなら出遭えるかもしれぬと
いくらかはためらい
もつとはげしくうち消して
とおり過ぎるわたしだ


小さな秤でははかれない
彼女たちのこころと すべてたたかいを
過ぎゆくものの肉体と 抱く手を 零細を
たべて苛酷にならない夢を
彼女たちは世界がみんな希望だとおもつているものを
絶望だということができない


わたしと彼女たちは
ひき剥される なぜなら世界は
少量の幸せを彼女たちにあたえ まるで
求愛の贈物のように それがすべてだそれが
みんなだとうそぶくから そして
わたしはライバルのように
世界を憎しむというから

「すべての明るいものは盲目とおなじに/世界をみることができない」
 また「ちひさな群への挨拶」から一節を

ぼくはでてゆく
冬の圧力の真むかうへ
ひとりつきりで耐えられないから
たくさんのひとと手をつなぐといふのは嘘だから
ひとりつきりで抗争できないから
たくさんのひとと手をつなぐといふのは卑怯だから
ぼくはでてゆく
すべての時間がむかうかはに加担しても
ぼくたちがしはらつたものを
ずつと以前のぶんまでとりかへすために
すでにいらなくなつたものはそれを思ひしらせるために
ちひさなやさしい群よ
みんなは思ひ出のひとつひとつだ
ぼくはでてゆく
(略)

 今日は1日、吉本隆明の『定本詩集』を持ち歩こう。表紙裏を見ればこれは42年前に渋谷で買ったものだ。当時私は日産自動車座間工場でプレス工をしていた。久しぶりに吉本の詩を読み直そう。

吉本隆明全著作集 (1)

吉本隆明全著作集 (1)