町山智浩「USAカニバケツ」を読む

 町山智浩「USAカニバケツ」(ちくま文庫)を読む。副題が「超大国の三面記事的真実」で、要するにアメリカの新聞雑誌に載ったスターやスポーツ選手などのスキャンダルやゴシップを紹介している。アメリカのジョーク集かと勘違いして買ってしまったのだった。著者の名前に覚えがあった。数か月前に読んだ「トラウマ映画館」(集英社)を書いた人だった。こちらはちょっと変わった映画25本を紹介していた。
「USAカニバケツ」はそんなわけで少々毒がある。まずタイトルの由来は、

 たくさんのカニをバケツに入れておくと、フタをしなくても逃げないという。1匹がバケツから出ようとすると他のカニに引きずり下ろされるからだ。
 このカニバケツの話は、突出するものを許さない日本社会のたとえによく使われる。けれども実は、Crab bucket syndromeとしてアメリカでも知られている言葉なのだ。

 取り上げられているのは、アメリカの犯罪やスポーツ、芸能、TV番組についてのコラムだが、品のないものが多い。そんな中に時に著者のキツイ意見も散見される。

 アン・コールターの著書『リベラルたちの背信アメリカを誤らせた民主党の60年』が日本でも翻訳され、コールターは「保守本流の論客」と紹介されたようだが、とんでもない。この女が「保守本流」じゃ、古き良き道徳を信じる人々が怒るよ。
(中略)
 コールターは中絶に絶対反対で、レイプされて妊娠して中絶した女性も殺人罪で罰しようと活動している。被害者の気持ちなどまるでわかっていない。こんな女、拉致って性病持ちのホームレス100人くらいに中出しさせろ!
 まあ、早い話、高市早苗とか畑恵とかと同じ、ジジイを喜ばす右翼ゲイシャに過ぎないので、まともな論客と考えて怒ってもしょうがないのだが、(後略)

 次は『ビューティフル・マインド』という映画について、

 天才数学者だが精神分裂症のジョン・ナッシュが、献身的な妻アリシアに支えられてノーベル賞を受賞するまでの愛と感動の物語『ビューティフル・マインド』。この映画は、3月24日のアカデミー賞で作品賞他を独占した。
「この映画はウソっぱちだ」。アカデミー賞前後にそんな批判が噴き上がった。シルヴィア・ネイサーによる原作には、ナッシュが公衆便所で性器を出して男を誘ったことで逮捕された事実が書かれていた。(中略)
 たしかに事実通りに描いたら観客がナッシュに共感するのは難しい。そこで脚本家は「純粋な心ゆえに社会と相容れない悲劇の英雄」に単純化した。彼がアカデミー賞脚本賞に選ばれたのは、ハリウッドの大多数が「映画は娯楽だ。事実と違ってもいいじゃないか」と思っている証拠だ。
 だからダメなんだよ! 本物のナッシュは複雑怪奇な人間だった。それを単純化したら意味ないだろ! 彼に限らず人の心は複雑なんだから。現実だって同じ。善人がマジメに努力しても幸福になれるとは限らない。愛が必ず勝利するとは限らない。そんな人間の業を描くのが芸術だろ? その意味で『フランダースの犬』も『人魚姫』も『ノートルダムのせむし男』も子供向けとはいえ立派な芸術だった。ところがそれを最近のハリウッドは片っ端からハッピーエンドの映画に作り変えている。『ビューティフル〜』もそれと同じ。誰か止めろ!

 著者が時々過激になるのは実は唐突ではない。「トラウマ映画館」から、シドニー・ルメットの「質屋」について「二千年の孤独、NYを彷徨う」と題した章で、

 差別される立場に生まれた者は、加害者や弾圧者を憎むよりも、自分をそんな境遇に選んだ運命そのもの、世界そのものを呪うことがある。(「質屋」の主人公)ソルの悲劇は在日韓国人を父に持った思春期の筆者には骨身に染みるほど理解できた。そして、その呪いが自らを滅ぼすことも教えてくれたソルは、やはり「先生」なのだ。

 次にアンドレ・カイヤットの「眼には眼を」について「復讐の荒野は果てしなく」と題して語る中で、著者の母について、

 母は8年ほど前、経営している会社で数十億円の借金を作った。父と別れた後、母はある事業家の愛人になり、その男の事業に巻き込まれて銀行から金を借りて、闇金にまで手を出していた。筆者と妹は知らない内にその会社の役員にされていた。そのため妹と二人で母を夜逃げさせ、弁護士を雇った。しばらくして母はガンで倒れた。妹が介護し、自分は時々日本に帰って妹を手伝った。
 母と二人きりで部屋にいると、男のために我が子に莫大な借金を負わせようとしたことを責めずにいられなかった。死にゆく母に優しくしてやるべきなのに、なぜか、幼い頃に、浮気な父への怒りをぶつけられて折檻され続けた日々の記憶が甦り、また責めてしまう。十ヶ月間、その繰り返しで、早く離婚して女手ひとつで自分を育ててくれたことに感謝する前に母は逝ってしまった。
 今、自分がしたことを思うと、見えて来るのは『眼には眼を』の果てしない不毛の大地だ。

 だから、この著者は信用できる気がするのだ。

USAカニバケツ: 超大国の三面記事的真実 (ちくま文庫)

USAカニバケツ: 超大国の三面記事的真実 (ちくま文庫)

トラウマ映画館

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