「ニッポンの書評」は書評を書いているブロガー必見の書

 豊崎由美「ニッポンの書評」(光文社新書)がおもしろかった(豊崎の崎は山編に立に可)。書評家として20年以上のキャリアがある豊崎が書評について書いている。ブログでの書評全盛時代とも思える現代に誠に時好を得た出版だ。
 あまり雑誌を読まない私は豊崎が多くの書評を書き、それらを本にしていることを知らなかった。ただ東京大学出版会のPR誌「UP」に年に2回ほど、最近の翻訳文学みたいなタイトルで書評を寄せており、それがよく読み込まれているように思われ、好感度の高いエッセイストという印象があった。それで本書の広告を見てすぐに購入した次第だ。期待は充分に満たされた。
 豊崎は書評のルールについて教えてくれる。粗筋も立派な書評であること。しかしネタばらしには充分な注意が必要なこと、批評と違い書評は未読の読者に向けて書かれているので、読もうという意欲を削ぐようなネタばらしは絶対にいけないこと。

 わたしはよく小説を大八車にたとえます。小説を乗せた大八車の両輪を担うのが作家と批評家で、前で車を引っ張るのが編集者(出版社)、そして、書評家はそれを後ろから押す役目を担っていると思っているのです。
 たとえ新刊を扱うにしろ、作者の過去の作品にまで敷衍し、一部のエリート読者以外には理解が難しいテクニカル・タームを駆使して、当該作品の構造を分析し、その作品が現在書かれる意味と意義を長文によって明らかにする批評は、作家にとって時に煙ったい、しかし絶対に重要な伴走者的役割にあると、わたしは考えています。
 一方、書評家が果たしうる役目といえば、これは素晴らしいと思える作品を一人でも多くの読者にわかりやすい言葉で紹介することです。つまり、作品と読者の橋渡し的存在。とか言いながら、わたし自身は時にベストセラー作品に対する批判的なレビューを書くこともあります。それが大八車の押し手として邪道だという意見には反論しません。でも、どうしても我慢できなくなっちゃうことがあるんですよ。なんで、こんな作品がバカみたいに売れて、同じ系統でありながら傑作というべきあの作品がまったく売れないのかという不満が、時々押さえきれなくなってしまう。人間が未熟なんでありましょう。

 各新聞の書評欄を採点した結果もおもしろかった。毎日新聞の書評欄が評価が高かったのはそのとおりだと思う。3大紙では読売の書評欄が一番満足度が低いと思う。

 新聞は、もっとも本の売上げに影響があるといわれている「朝日新聞」が1,260字×1本、725字×5本、533字×3本と、数打ちゃ当たるとでもいいたいかのよう。「日本経済新聞」は850字×6本に、550字レビューが3本と"経済的"紙面になっております。770字×6本の「読売新聞」と、850字×4本、320字×4本の「産経新聞」にもがっかり。そんなスペース出し惜しみの新聞のなかにあって、「毎日新聞」の書評文化に向ける愛情の深さは感涙ものです。1,330〜1,950字が6本、320字が3本。かなり読みでのある書評欄になっています。

 毎日新聞の書評欄の充実は丸谷才一の助言によるものだと、当の丸谷が書いていたことを思い出す。丸谷には「ロンドンで本を読む」(光文社知恵の森文庫)という現代イギリスの名書評を集めたアンソロジーがあるほどだ。

ニッポンの書評 (光文社新書)

ニッポンの書評 (光文社新書)

ロンドンで本を読む  最高の書評による読書案内 (知恵の森文庫)

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