吉田茂について知りたくて

 毎日新聞8月9日の読書欄に「終戦記念日特集」として五百旗頭真が「戦争」と「昭和」をテーマに何冊かを推薦している。まず半藤一利「昭和史」(平凡社ライブラリー)を挙げているがこの本は面白い。私に言わせれば密室史観あるいは料亭史観ともいうべき政治の黒幕を重視した歴史観で、面白いはずだ。ついで服部龍二広田弘毅」(中公新書)が推薦され、城山三郎の「落日燃ゆ」で美化された姿にくらべて「立派な政治家とは言い難い像が描き出されている」とずいぶん控えめに書いている。3冊目が「近衛文麿」だ。

 今年最大の収穫は、筒井清忠近衛文麿」(岩波現代文庫)である。(中略)筒井著は学者による初めての本格的な近衛伝といえよう。高貴な生れにして、類まれなインテリ教養人である近衛は、絶大な国民的喝采を受けて首相に就任する。(中略)日中戦争三国同盟、そして対米戦争をめぐる近衛の姿勢の微妙な変化を、本書は宮中、軍部や国民世論との関係において精密に描き出している。(中略)矛盾に満ちた多面的人格である近衛を、社会学者でありながら昭和政治史の研究に進出した著者であればこそ、ここまでクールに解し得たと思われる。

 一読、近衛文麿についてよく分かった。ただ本当に学者の書いたもので、どの記述にもその裏付けとして巻末に詳しい出典=注が付けられている。その注の数が568個! 60ページにも及んでいる。そのように丹念に事実を追っているので、いささか煩わしい。半藤の面白さとはちょうど反対だ。
 ついで五百旗頭は増田弘「マッカーサー」(中公新書)と井上寿一吉田茂と昭和史」を推している。

 戦後日本の立役者である吉田茂をめぐる研究は止むことがない。井上寿一吉田茂と昭和史」(講談社現代新書)は昭和外交史の中心的研究者が伸び伸びと幅広く語るものであり、村井哲也「戦後政治体制の起源」(藤原書店)は、(後略)

 私は井上寿一吉田茂と昭和史」も読んでみた。これがひどい本でいうなれば吉田茂へのヨイショ本と言っても過言ではない。こんな本を読んだのは、最近、吉田茂に興味を持ちもっと深く知りたいと思ったのだ。それは防衛大学教授だった孫崎享「日米同盟の正体」(講談社現代新書)という優れた書を読んだためだ。

 日米新安保条約批准のとき、吉田茂元総理が、依然、大きい発言権を持っていた。自民党の各派閥の長は、吉田元総理の発言で自分の態度を決めようとした。その吉田元総理は当初改定に反対の立場であった。マイケル・シャラーによると、吉田は当初、日本の軍事力を東南アジア(ベトナム)に介入させようとしているのではないかと心配し、条約の改定には反対だった。そのような条項がないことを知り支持することにした、という。(中略)
 吉田元総理も下田武三元外務次官も、日本が米国戦略に巻き込まれたり、自衛隊が米国戦略の下で海外に行く状況に極力反対した。これは今日、日本が米国の要求を出来る限り受け入れようとする動きと逆である。(中略)
 シャラーは前掲「日米関係とは何だったのか」で、「アメリカの外交官たちは……1954年の吉田の首相退任に一役買っていたのだが、それは吉田が日本の急速な再軍備に反対したからであった」と記述した。

 五百旗頭真の書評を読み直してみると、ほぼ150行の長文であるにも関わらず、井上寿一吉田茂と昭和史」についてはわずかに5行触れているに過ぎない。井上への義理か何かで取り上げただけかもしれない。

近衛文麿―教養主義的ポピュリストの悲劇 (岩波現代文庫)

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吉田茂と昭和史 (講談社現代新書)

吉田茂と昭和史 (講談社現代新書)

日米同盟の正体~迷走する安全保障 (講談社現代新書)

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