11月に神奈川県民ホールで塩田千春展「沈黙から」を見た。5つの部屋をすべて使ってインスタレーションを行っている。一番大きいホールでは中央に黒く焼けたグランドピアノが置かれ、その周囲にやはり焼けた椅子が取り囲むように置かれている。ピアノも椅子も天井から吊られた黒い糸に絡まれている。それらを取り巻くホールの壁も黒い糸が絡まりついている。そのホールの一角には四角い古そうな窓枠が積み重ねられている。窓枠を縦に積み重ねて丸い円筒形の空間を作っている。
他の小さな部屋も2つは黒い糸に覆われている。糸で覆われた奥に明かりがあったり、ピアノが置かれていたりするのだが、びっしりと張り巡らされた黒い糸によって詳細は分からない。
別の部屋ではやはり窓枠を壁のように使って空間が作られている。これらの窓枠は崩壊した東ドイツで実際に使われていたもののようだ。
写真を展示した部屋もある。ベッドに寝た若い女性を黒い糸が覆っている。とても強い印象を与える展示だった。
ここで田村隆一の詩「幻を見る人」を思い出す。
幻を見る人 (四篇の内第一篇)
空から小鳥が墜ちてくる
誰もいない所で射殺された一羽の小鳥のために
野はある
窓から叫びが聴えてくる
誰もいない部屋で射殺されたひとつの叫びのために
世界はある
空は小鳥のためにあり 小鳥は空からしか墜ちてこない
窓は叫びのためにあり 叫びは窓からしか聴えてこない
どうしてそうなのかわたしには分らない
ただどうしてそうなのかをわたしは感じる
小鳥が墜ちてくるからには高さがあるわけだ 閉されたものがあるわけだ
叫びが聴えてくるからには
野のなかに小鳥の屍骸があるように わたしの頭のなかは死でいっぱいだ
わたしの頭のなかに死があるように 世界中の窓という窓には誰もいない