福田恒存『演劇入門 増補版』を読む

 福田恒存『演劇入門 増補版』(中公文庫)を読む。これが素晴らしかった。福田は劇作家、演出家、評論家でもある。戦後シェイクスピア劇を日本に普及した功績もある。福田は台本の言葉を重視する。シェイクスピアの翻訳について、小田島雄志と明治の坪内逍遥の訳を並べ、自分の訳と比べている。

 

小田島氏はシェイクスピアの翻訳者である前に英文学者であり、東京大学の教授であります。いかに大学教授の資格が年功序列で簡単に手に入る世の中にもせよ、この程度の知識でシェイクスピアが論じられては学生が気の毒であるばかりでなく、官立大学の教授達に給料を払つてゐる納税者の国民大衆が気の毒であります。大衆を楽しませようといふ氏の動機がたとへ純粋なものであらうと、結果としては大衆に贋物を売り附け、彼等から搾取してゐる事になる。氏のシェイクスピア観は事実に反してをります。

 

 そこまで言うのは、シェイクスピアについて、小田島が「シェイクスピアはエリザベス朝において最大の人気作家であり、大衆が彼の書いた芝居を観て楽しんだ、自分はその当時のシェイクスピアと大衆との距離の近さをそのまま維持し、自分の翻訳が現代日本の大衆に楽しまれる様、平易な現代語に訳し直したいといふのであります」と書いているからだ。

 ところがシェイクスピアはエリザベス朝時代の文盲にも等しい大衆を楽しませたと同時に、王室や貴族をも楽しませた。さらにシェイクスピアの語彙はおよそ2万1千、同時代のいかなる作家も遠く及ばず、論理や文法よりレトリックが優先し、構文も複雑で難しく、当時の日常会話とは遠く懸け離れていた。

 

その意味で小田島氏の無智は、『源氏物語』は平安朝時代の話し言葉をそのまま口うつしに書き綴つたものと言つた金田一京助氏の無智に匹敵します。

 

 ここまで言われて可哀そう。でも私が読んだシェイクスピアは10冊近いが、すべて小田島訳だった。なんだか残念。

 また築地座の左翼演劇についても、

 

 やがて左翼演劇は弾圧により崩壊した。(中略)戦後、彼等によつて結成された民芸も俳優座も、みづから進んで左翼イデオロギーを捨て、表向きは共産党と絶縁した。つまり、「観念性」を全く放棄してしまつたのである。今日、彼等の手には「演劇性」だけしか残つてゐない。千田是也の「演劇アカデミズムの確立」といふ主張は、その実情を裏書きするものにほかならない。それは政治的後進国の自意識過剰とそれに伴ふ政治主義への恨みを裏返しにした言葉でもある。また滝沢修が洩した「専門的技術を持たぬ新劇役者の不安」といふ言葉はさらに正直にそれ物語つてゐる。

 

 さらに、

 

 築地小劇場が採りあげた外国の戯曲の翻訳は、その大部分が致命的な悪訳であつた。せりふの外に「演劇性」を求める悪習は、そこに原因があるともいへよう。恐るべきことに、今日の若い劇団がやはり同様であり、筋さへ通れば、すなはち戯曲の「観念性」を満足させれば、学生のアルバイトに等しいどんな悪訳でも平気で採りあげてゐる。彼等はせりふで演戯するといふことを知らない。時代の役者がその有様なら「新劇の危機」といふ言葉も大仰ではあるまい。ごく常識的な演劇観からいいつて、悪訳の上に演劇は存在しないのである。

 

 とても示唆に富んだ演劇論だと思う。演劇人必読であろうし、愛好家にとっても読めば得ることが多大だろう。

 

 

 

演劇入門-増補版 (中公文庫プレミアム)

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  • 作者:福田 恆存
  • 発売日: 2020/08/21
  • メディア: 文庫