井上ひさし『ブラウン監獄の四季』を読む

 井上ひさし『ブラウン監獄の四季』(河出文庫)を読む。井上は24歳から37歳までテレビの世界で台本作者として仕事をしてきた。NHKの教育テレビの仕事が多かったという。テレビの仕事は「細々と露命をつなぐ賃仕事」という感じがつきまとって離れないと言い、なんとなくあれは「ブラウン監獄」という名の刑務所だったと振り返る。
 井上だから様々な経験を面白おかしく書いている。若いころ岩手県釜石市にある国立結核療養所で事務雇をしていた。大みそかの宿直はみなが避けたがるので、宿直手当を目当てに代わってやった。紅白歌合戦も終わりに近づいていて、ラジオを消して宿直室の布団にもぐり込んだ。

……なかなか寝つかれず、仕方なしに看護婦のロッカー室に忍び入り、こっちから一方的に恋い慕っていた看護師のロッカーを開き、彼女のにおいのしみ込んだ看護衣を鼻に当てて嗅ぎながら自涜した。そういうやり方がそのころ、若い男の事務員の間で流行っていたのだ。

 そういえば、若いころ遊び人の友人が、男にとって女のにおいは魅力なのだと言ったら、その彼女が、あら私はにおい何てないわよと答えた。すかさず友人が男にとってシャンプーの匂いだって女の匂いなんだと答えて感心した。あれから40年以上たっているのにまだ憶えているからよほど感心したのだろう。
 井上はNHKからギャラを詐欺したことも告白している。井上ひさしと1字違いの歌手の井上ひろしの出演料12,000円が間違って支払われたとき、指摘しないで着服したという。さらにほかにもNHKの備品を着服したと暴露する。図書室の書籍が十数冊、文房具でサインペンが何百本、クリップを3年間で2,000個以上、大型ホチキス、そろばん、原稿用紙、郵便料金等々。
 さらにもっと悪いことも。

……NHKホールの出演者用便所の、個室の壁に直径1センチほどの覗き穴をドリルで開けたのだ。男子用個室の隣が女子用の個室で、つまりこれは出歯亀用の覗き穴である。NHKホールに出演する憧れのスター〇〇〇さんや、美人歌手の×××さんたちが用を足すところを一度でいいからこの目で拝んでみたい、それが動機だった。

 しかし開けた穴の位置が床上5センチぐらいのところだったので、実行することはなかったと書いている。本当に実行しなかったのだろうか?
 以前、本ブログに地下鉄日本橋のトイレに穴が開いているのを見つけたことを書いたことがあった。あれは男が男の小用するところを覗くための穴だったが。今はそのトイレが改装されて穴はなくなっている。
 井上が『ひょっこりひょうたん島』を書いていた頃、しばしば考査室から言葉を訂正させられた。悪い言葉を改めさせられたという。その考査室から指摘された言葉の一覧表を作っていたと公表している。その一部を引く。

バタ屋・くず屋―→廃品回収業
黒んぼ―→黒人
毛唐―→白人
あいのこ―→混血
原住民―→元から住んでいる人
土工―→作業員
さん助―→浴場従業員
スケ―→女
ヒモ―→関係ある男
タタキ―→強盗
ドヤ―→犯人の隠れやすい宿
くそったれー→おおばかやろう

 ヒモを関係ある男では言い足りないだろう。タタキは知らなかった。ドヤはヤドをひっくり返した言葉で宿のことだ。犯人とは関係ないはずだ。女をナオンと言い、時計をケイチャンと言った類いだ。新宿がジュク、池袋をブクロ、上野がノガミ、有楽町をラクチョウと言ったのと一緒だ。そういえば欧米を崇拝している男が普段は毛唐と言っていたことを思い出した。土工がいけないなんて知らなかった。土方がいけないと言うのなら少しは分かるが。私も若いころは飯場に入って土方をしていたのだが・・・


トイレの覗き穴(2010年11月17日)
 このコメントもおもしろい