渡辺兼人を知ったのは1980年に出版された金井美恵子との共著「既視の街」(新潮社)を買ったときだ。金井美恵子が同名の中編小説を書き、渡辺が白黒写真を提供している。その写真が印象的だった。こんな写真をそれまで見たことがなかった。人が写っていない街角、路地、古いショーウインドーの一部、この本はずいぶん前に手放してしまったので、20数年前の記憶で書いているから正確ではないかも知れないが。要するに全く劇的ではないのだ。決定的瞬間ではない。日常の街角を淡々と撮っているように見える。が、そうでもないのだ。巧みにに人物は外されているし、日常のなかに不思議な裂け目を見出している。もう一度入手したいが再販はされていないし、古書では数千円の値段がついている。
渡辺は正方形の写真を撮っている。たしか二眼レフの首から提げて上からファインダーを覗き込むタイプのカメラだ。フィルムサイズが6センチ×6センチ、ブローニー判の白黒フィルムを使う。ローライフレックスかと思っていたが、ミノルタだったらしい。
渡辺は1947年生まれ、兄は人形作家の四谷シモン、1981年「既視の街」によって木村伊兵衛写真賞を受賞している。現在東京綜合写真専門学校講師だという。
しかし、その後の作風に苦しんでいるのではないか。「既視の街」の路線をもう少し洗練させた後、山道を撮ったり、雨の降る水面を撮ったりしているが、見る側からはどうしても不満が残ってしまう。それだけ「既視の街」は印象的だったのだ。ただこの撮り方は簡単にまねることができる。似た写真を撮っている若者の写真展をたくさん見てきた。それだけに新しい分野を模索しているのかも知れないが。とは言いながら渡辺兼人は最も好きなカメラマンの一人だ。
実は私も真似をしてみたことがあった。二眼レフを持っていなかったので、ニコンF2のプリズム部分を外してウエストレベルファインダーをはめると二眼レフのように上から覗いて撮れるのだ。
これを持って総武線の信濃町駅から新宿駅まで裏通りを歩いて、駐車してある無人の街角をテーマに撮ってみた。たいしたものは撮れなかったが、信濃町付近で撮影していたら、ガードマンに誰何(すいか)された。何を撮っているんだ、身分証を見せろ。信濃町は創価学会の城下町だった。
(写真は渡辺兼人)