田村隆一『詩人の旅 増補新版』を読む

 田村隆一『詩人の旅 増補新版』(中公文庫)を読む。「増補新版」というのは、1991年の中公文庫版に「北海道――釧路」を追加したもの。旅行記で、他に隠岐、若狭、伊那、奥津、鹿児島、越前、越後、佐久、浅草、京都、沖縄が収録されている。
 このうち、「伊那――飯田・川路温泉」がわが故郷だ。田村は川路の開善寺に逗留する。開善寺は白隠と鉄斎の書画に富みと田村は書いているが、宮本武蔵の書もあるはずだ。そして、

開善寺のほとりに住む無欲にして高潔なる老画伯の、まるで庵室のようなアトリエへ行ってみよう。ザクロがころがり、モズが一緒に暮らしているアトリエ。それから老画伯と二人で、桑畠のあいだをぬい、薄暗い竹林をさまよい、小高い丘の上にのぼっていこう。シダや、ススキがはえている丘の上から、秋の伊那谷をながめてみよう。わたしたちの視線は、時又の天竜橋をわたり、美しい段丘に散在している、対岸の竜江の村落をつたわるだろう。「あれが仙丈です」――白髪の老画伯が、南アルプスの一角を指さすだろう。「秋が深くなると、あの山が紫色にかわるのです。ま、そのころまでいるのですな、ハッハハハ」

 田村はのちに「恐怖の研究」という長編詩にこの寺のことを書いている。

信州上川路の開善寺の境内で
僕は一匹の純粋な青い蛇を見た
ふるえる舌
美しい舌

 開善寺のほとりの庵室のようなアトリエに住んでいたのは関龍夫さんだ。わが師山本弘の先輩画家で山本も一目置いていた。来春には飯田市美術博物館で個展が予定されている。銅版画家の丹阿弥丹波子が戦時中飯田へ疎開していたとき油彩を習ったという。関さんの最初の奥さんは書家の日田井天来の娘さんだった。彼女の影響か関さんの油彩には書がコラージュされているものがあった。
 田村隆一が関龍夫と交流があったことが何か嬉しい。どちらも私が尊敬する作家だからだ。

 

詩人の旅-増補新版 (中公文庫)

詩人の旅-増補新版 (中公文庫)