小島信夫「寓話」という小説

 作家の保坂和志小島信夫の長編小説「寓話」を絶賛している。1987年に福武書店から発行されて、それきりすでに絶版となっている。保坂はそれを惜しんで個人で復刊・発行したという。そんなに良い作品なら読んでみたいと図書館にあったので借りてきた。564ページもあり、雑誌「作品」と、それが休刊になった後は雑誌「海燕」に、つごう1980年から1986年まで6年間に渡って連載されたもの。
 これが奇妙な作品だった。主人公は小島という名前の作家で、これは本人のようだ。小島は戦争中陸軍の対在支米空軍情報部員として中国で米軍の暗号を解読してきた。浜仲という日米混血の部下とともに。
 敗戦とともに全く音信のなくなったその浜仲から小島あてに1980年に突如電話があり、それから手紙が送られてくるようになった。何通も、それがすべて暗号で書かれている。小島は暗号を解きながら浜仲からの長い長い手紙を読んでいく。浜仲の手紙は彼が戦後アメリカ軍のMPになったこと、商売の方で成功したこと、小島の書いた作品をほとんど読んでいること、小島が中国で親しくした女性と帰国してから会ったこと、等々を書いている。長期間にわたって連載したので、自分の書いた手紙がこの「寓話」に再録されていることも話題にしている。当の小説の中で当の小説が話題にされているのだ。
 また実在の作家森敦との電話による会話も紹介され、森も「寓話」で浜仲の手紙を読んでいることを話題にする。浜仲が会ったという小島と関係があった女性からも手紙がきて作品の中に書き写される。複雑な入れ子状態になっている。
 また誰の手紙もぐだぐだと長く、簡潔とはほど遠い内容だ。どこまでが事実でどこまでがフィクションか分からない。手紙の文体がみな似ているのですべて小島の創作か、あるいはリライトなのかもしれない。
 そんな風にぐだぐだぐだぐだと564ページも続いていくのだ。これが文庫化されないのもよく分かる。なぜか保坂はぞっこんなのだ。
 小島信夫は40年ほど前に「アメリカン・スクール」を読んだだけだったけど、こんな不思議な作家だったっけ。他の作品も読んでみよう。


 早速処女作「小銃」を読んでみた。まともな優れた短編だった。射撃に優れた初年兵が命令で中国人の女性捕虜を撃ち殺してから徐々に錯乱していく話だ。上手い作家だと思った。