丸谷才一『猫だつて夢を見る』を読む

 丸谷才一『猫だつて夢を見る』(文春文庫)を読む。丸谷才一の博識を楽しむ。

 

 1975年の統計で韓国人一人あたりの平均1日の唐辛子消費量は5グラムから6グラム。ところが日本人の消費量は一人年間1グラム。これぢやあ、はつきりと文化が違ふ。韓国系日本人の野球選手が韓国へ行つて、食物のせいで参つてしまふのもよくわかる。

 

 これは46年前の記録だから、現在の日本人はもっと唐辛子を消費しているのではないか。韓国と中国四川ではどちらが唐辛子の消費量が多いのだろう。司馬遼太郎の「街道をゆく」20巻「中国・蜀と雲南のみち」(朝日文庫)には次のくだりがある。

 

 私はかつて北京で四川出身のスポーツマンに会ったことがある。彼は北京じゅうの唐辛子を集めて食えといわれても私は大よろこびするばかりです、と冗談をいった。

 

 宮本武蔵をあつかつた長篇小説の代表はやはり吉川英治の『宮本武蔵』だらう。これは誰だつて異論がないはずだ。などと偉そうなことを言つたけれど、小山勝清の『それからの武蔵』も、五味康祐の『二人の武蔵』も、わたしは読んでゐない。どちらもずいぶん以前に人からすすめられて、それつきりになつてゐる。

 そして、あの剣豪をあつかつた短篇小説の最上のものは、たぶん山本周五郎の『よじょう』。これも実を言ふと、宮本武蔵の出て来る短篇小説としてほかにどんなものがあるのか、まつたく知らないのだが、『よじょう』以上のものはむづかしいだらうと見当をつけて、これに決めよう。

 

 吉川英治は私が高校生の時に読んで、ラストの印象的な言葉がこれ。

 

 波にまかせて、泳ぎ上手に、雑魚(ざこ)は歌い雑魚は躍る。けれど、誰か知ろう、百尺下の水の心を。水のふかさを。

 

 1978年の9月、フランスのカンヌである学会が開かれた。17世紀末、カンヌの沖合のサント=マルグリット島に高貴の身分の仮面を付けた謎の囚人が幽閉された。1978年はその囚人がここに監禁されてから300年後の記念すべき年だという。仮面をつけた謎の囚人、鉄仮面は誰なのか?

 

 ルイ14世の陸軍政務次官ド・シャミア―ル氏は、この秘密を知る要人の中で、最も遅くまで生き残つた人であつた。彼の婿ド・ラ・フィアード元帥がその義父の臨終のとき、鉄仮面といふ名でしか知られてゐないあの人物は何者か、教へてもらひたいと頼んだのに、ド・シャミアール氏は、それは国家の機密で、決して漏らさないとい誓ひを立ててゐる、と答へたさうである。

 

 そして丸谷は鉄仮面の正体について様々な説を紹介する。このあたり、詳しい本で読んでみたい。

 ジョウ・イーストウッド著『100%イギリス人』から。面白い数字が並んでいる。

 

「イギリスの女の14%はキスのときパッシヴの役割になるのが好き」。

「イギリスのティーンエイジャーの24%が、2週間に1回、二日酔いになる」。

「イギリスの家庭の24%は犬を1匹飼っている」。

「イギリスの女の28%は、自分のいちばん魅力的なところは脚だと思つている」。

「イギリスでコンドームを買ふ人の30%は女である」。

「イギリスの男の30%は、自分は日中しばしばセックスについて考へると言ふ。しかしこのことを認める女はわづか5%」。

「イギリスの男の43%は便所掃除をしない」。

「イギリスの女の50%は星占いを信じてゐる」。

 

 さて。

 

 

 

日本経済新聞社編『私の履歴書 経済人35』を読む

 日本経済新聞社編『私の履歴書 経済人35』(日本経済新聞社)を読む。日経に長く連載されている「私の履歴書」から経済人5人を編集している。ロイヤルホストの創業者江頭匡一、ディズニーランドの実質的創立者高橋政知、ウシオ電機牛尾治朗近畿日本鉄道上山善紀ダイエー中内功の5名の経営者。総じて成功者の自画自賛という側面は免れがたい。中内はまだダイエーを手放していなかった。

 私は高橋政知を読みたくて、でも結局1冊全部読んでしまった。京成電鉄の川崎社長がアメリカのディズニーランドを見て、これを日本にも作りたいと考えた。1960年浦安沖の埋め立てを目的とする会社オリエンタルランドが、京成電鉄三井不動産、朝日土地興行の3社出資で設立された。のちに朝日土地興行が経営不振で三井不動産に吸収合併され、京成52%、三井48%の出資比率に変わった。

 漁民との漁業権を巡る交渉を成功させて埋め立て地の取得は成功した。そこまでで高橋は身を引くつもりでいたが、オリエンタルランドの社長を任されることになった。ディズニーとの交渉が難航する。三井不動産は逃げ腰になっている。高橋の足を引っ張る。ディズニーランドとの最終契約でも無理難題を突き付ける。高橋は独断で契約にこぎつける。

 高橋政知がいなかったらディズニーランドは出来なかったことがよく分かる。個人の熱意が事業を成功させたのだ。

 むかし、三井物産とメーカーが組んで新製品の開発をしたとき、その広告宣伝でそれに参加したことがあった。三井物産はとにかく早く製品化することを急いだが、メーカーの担当者は何度も検討して製品の完成度を高めることに注力した。商社と不動産会社の違いはあるが、メーカー(製造業)でない会社の姿勢を見た気がした。

 高橋政知の肖像写真が載っているが、良い顔をしている。

 本書に掲載されている5人の経営者の中で、やはり中内功の顔が一番よくない。大企業の創立者でありながら何か卑しい印象なのだ。年を取ったら顔に人間性が現れるのは事実のようだ。

 

 

 

山本弘の作品解説(104)「日々酔如泥」

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 山本弘「日々酔如泥」、油彩、M10号

 昭和46年(1971年)制作。山本弘41歳。文字通り酒におぼれている自分自身を戯画化して描いている。本作は飯田市美術博物館所蔵となっている。しかし所蔵されている作品と少し違うところがある。所蔵されているものには左上の頭のところが黒くなっている。これは遺族によれば障子が燃えたことがあって、その時に付いた煤だという。ここに掲載した写真は描いてまだ2年後の1973年9月撮影したもの。当時ポジフィルムで撮影したので50年近く経ったにも関わらず退色していない。もちろん煤も付いていない。

 

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収蔵品は頭の上が煤で汚れている



 

坪内稔典『俳句いまむかし』を読む

 坪内稔典『俳句いまむかし』(毎日新聞出版)を読む。毎日新聞に連載している「季語刻々」から編集したもの。季語刻々は一つの季語について、今と昔の句を挙げ、坪内の感想をなにか書くというスタイルで続いてきた。

 

  佐保姫の春立ちながら尿(しと)をして   山崎宗鑑

 季語「佐保姫」は春の女神。その女神が春になって立ったまま小便をしている、という句。おおらかで明るい春の光景だ。

 この句、室町時代の俳句を集めた『新撰犬筑波集』に出ている。「霞の衣すそはぬれけり」という前句に対して宗鑑が付けたのがこの句だ。当時、女性の立ち小便はごく普通のことだったらしい。

 

 いや大正生まれの母も畑では立ち小便をしていた。てか、村の農婦たちは皆そうだった。

 

  ジューンドロップコロコロ良く笑う    佐々木麻里

 果樹がなり過ぎた実を落とす生理落果、それがジューンドロップ(6月の落果)だが、梅雨の前後、ことに柿のそれが目立つ。それで私は柿のジューンドロップを新季語として提案している。

 

  「ジューンドロップ」なんていう日本語がある外来語を簡単に新季語になど提案しないでほしい。

 

  どこか曲がって今朝の胡瓜とおとうさん    野本明子

 キュウリと同じに曲がった夫。少しすねた夫を「おとうさん」と平仮名書きにしたのは妻のやさしさ? 

 

 この句から連想した言葉が「紫雁高疣魔羅」だった。この紫からさらに連想したのが矢島渚男の句「わが魔羅も美男葛も黒ずみし」だった。

 

  縁側に坐せば山あり盆帰省    牛田修嗣

 ……盆と正月には多くの人が生家や故郷へ帰る。どうしてか。四季になる以前、この列島には二季で暮らす時代があった。正月から盆までの野の季節、そして、盆から正月までの山の季節。四季の時代になっても、基層には二季が生き続け、今に至っているのではないだろうか。

 

 古代史学者の古田武彦は、古代は2倍年歴で、現在の1年を2年と数えたという説を出していた。だから古代の天皇が150歳もの長命だったと言う。

 

  オムレツは天使の枕星月夜    今井聖

 季語「星月夜」は月がなくて星の光が月夜のように明るい夜。子どものころ、その星月夜にはたとえば影踏みをして遊んだ。

 

 私の田舎でも星月夜で影を見た記憶はない。見えたのだろうか。東京の墨田区では北極星も見えない。北極星は2等星だというのに。

 さて、坪内稔典はところどころに自作の句を引用している。それらが皆つまらない。区の解釈も凡庸で面白くない。あまり評価できない俳人だ。

 

 

 

読売新聞読書委員が選ぶ「2021年の3冊」から

 読売新聞年末恒例の読書委員20人の「2021年の3冊」が発表された(12月26日)。そこから、気になったものを拾ってみた。

 

橋本倫史推薦

岸政彦編『東京の生活史』(筑摩書房、4620円)

150人の聞き手が、150人の生活史を静かに聞き取った1216頁の大著。年末年始は、誰かの人生に思いを巡らせ過ごしたい。

 これは朝日新聞の「今年の3点」でも、トミヤマユキコが推薦していた。面白そうだが、ボリュームが問題だ。

 

 

仲野徹推薦

最相葉月著『辛口サイショーの人生案内DX』(ミシマ社、1650円)

読売新聞の読者にはお馴染みの最相葉月さんの人生案内。DXはデラックスの略です、念のため。

 

 

 

尾崎真理子推薦

林俊彦著『言葉たちに 戦後詩私史』(港の人、2420円)

1924年生まれの詩人による、詩と回想の散文。重みのあまり、すぐには書評を書けなかった。表題詩の最後を紹介する。〈行く手に待つ死者たちにおくる/いとおしい一度かぎりの言葉はあるか〉

川野里子編『葛原妙子歌集』(書肆侃侃房、2200円)

不世出の昭和の歌人。今後はこうした未知の世界をひもといてみたい。

 

 

葛原妙子歌集

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