東御市の梅野記念絵画館で開かれている「All is vanity. 虚無と孤独の画家――山本弘の芸術」について、同館館長で美術研究家の大竹永明さんが中日新聞に寄稿した。
信州・飯田で生涯の大半を過ごした山本弘は、多感な10代を軍国主義から民主主義へ急激に移行する戦中、戦後混乱期に生きた。価値観が逆転した社会の中で無垢な精神を傷つけられたのか、この頃から自殺を試みるようになる。一方で画才は抜群で、わずか16歳で県展の前身である全信州美術展に入選するなど地元ではよく知られた存在だった。
しかし36歳で結婚したころから酒浸りとなり、2度の脳血栓を発症し言語障害と半身不随になった。そしてアルコール依存症治療のため入退院を繰り返し、51歳で首をつって亡くなった。
山本は不自由な足を引きずって歩いた飯田の街で見た、古い一軒家や朽ちた土蔵、よどんだ沼などを描いている。そうした、人が見向きもしないものに、酔っぱらいの絵描きであると世間からさげすまれている自分を重ね合わせたのだ。
手が不自由になった山本は、絵の具を混ぜずにパレットナイフで描くようになり奔放な筆触と色彩の美しさが際立ってくる。抜群の描写力を持ちながら、それを失ったことで思わぬ絵の美しさを生みだしていく。
“失う”ことで逆に潜在的な力が生まれ、未知の世界を切り開いていく。意気消沈せず気概さえ失わなければ、より高い領域に行かれる。“失う”ことを恐れてはいけない。山本の絵と生き方は、われわれにそう教えているような気がする。
公立美術館としては初のワンマンショーとなる。鑑賞者の眼を言意識した絵が氾濫する中で、自分のためだけに描いた孤高の美しさを感じていただければと思う。
(中日新聞長野県版、2023年9月9日朝刊)
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「All is vanity. 虚無と孤独の画家――山本弘の芸術」
2023年9月9日(土)―11月26日(日)
9:30-17:00(最終入場16:30)月曜休館・祝日の場合は翌火曜休館
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東御市梅野記念絵画館
長野県東御市八重原935-1 芸術むら公園
電話0266-61-6161
アクセス
鉄道等の場合
関東方面から:北陸新幹線「上田」にて、しなの鉄道へ乗換、小諸行または軽井沢行ご利用で「田中」下車。タクシーで15分(片道2500円前後)となります。バス路線はありません。