小谷野敦『川端康成と女たち』を読む

 小谷野敦川端康成と女たち』(幻冬舎新書)を読む。川端の文学に現れる女性たちのモデルを探っている。いつもながら小谷野は品が悪いが、『雪国』の分析など教えられることが多かった。『雪国』は川端があちこちの雑誌に書き継いで後にそれを単行本にして『雪国』と名付けた。長い間書き継いだので内容に矛盾も多かった。川端は構成力が弱くストーリーを作るのも苦手だった。

 『眠れる美女』に関連して、ひとつ発見があった。川端が睡眠薬を使っていたことはよく知られている。それはバルビタール睡眠薬だったらしいが、一時バラミンという睡眠薬も使っていた。それについて触れている部分。『伊藤整日記』に伊藤が立野信之から聞いた話として次のようなことが書かれているという。

(……)女の件よりも薬(睡眠薬=小谷野注)を使うことを細君も佐佐木も心配しているという。南本女史(ペンクラブの事務員か=小谷野注)も一時バラミンという薬を買うことを川端にたのまれ、一月分は買ったが、次のときそれが劇しい薬と知って断ったところ、川端にひどく叱られたという。

 

 川端がバラミンを使っていたのなら、『眠れる美女』はその使用体験から書かれたものに違いない。他の睡眠薬と異なり、バラミンを服用すると深い眠りに陥って容易なことでは眼を覚まさない。バラミン以外では眠っていても刺激によって簡単に眼を覚ますことが多い。バラミンを使ったら、眠っている娘に何もしても彼女は眼を覚まさないだろう。その経験から川端は『眠れる美女』を思いついたのに違いない。

 私も若い頃いろいろな睡眠薬を使っていたことがある。バルビタール系のブロバリンやハイミナール、筋肉弛緩剤、文庫クセジュの『睡眠薬』を読みながら各種使ったが、バラミンほど深い眠りにつく薬はなかった。バラミンを使ったら『眠れる美女』の世界(眠らされている娘に老人が添い寝して何やらするという)が可能になるだろう。『眠れる美女』=バラミンという図式が成り立つのだ。

 他にも『山の音』は傑作で、『千羽鶴』は失敗作だとか、いろいろ面白かった。『雪国』を再読しようとAmazonに注文したのだった。