井上ひさし『一週間』を読む

 井上ひさし『一週間』(新潮文庫)を読む。裏表紙の惹句から、

スパイMの奸計により逮捕され共産党から転向した小松修吉は、Mを追って満洲に渡り、終戦後捕虜となる。昭和21年早春。ハバロフスク日本新聞社に移送された修吉は、脱走に失敗した軍医の手記を書くよう命じられた。面談した軍医は、レーニンの裏切と革命の堕落を明かす手紙を彼に託した。修吉はこれを切り札にしてたった一人の反乱を始める……。著者の集大成。遺作にして最高傑作。

 解説代りに大江健三郎が書いた「小説家井上ひさし最後の傑作」という書評を掲載している。これは本書が単行本で出版された折に、新潮社のPR誌『波』に掲載されたもので、しかもその少し前に井上がなくなっていることから、大江も多少は盛っている印象があるが、高く評価しているのは間違いないだろう。そして『吉里吉里人』を評価して、戯曲よりもっとこのような小説を書いてほしかったと。
 本書はエンターテインメントの面白さで展開していく。井上の目的はシベリア抑留時のソ連軍の国際条約に反する非人道性と、同時に日本軍の同じく非人道的な軍隊組織を糾弾することだ。「人」を描くことよりも「事」を描くことを主眼にしている。そういう意味では小説よりも井上には戯曲が向いているように思う。
 主人公は機知と周囲の協力でソ連軍を出し抜いていくが、秘密警察が本気を出したら、岡本公三イスラエルモサドに廃人にされたように、徹底的に痛めつけて自白させるだろう。
 井上の目標が旧軍隊に代表される旧日本の非合理な事柄の批判で、それは井上の戯曲に見事に達成されている。小説は何作も読んだわけではなく『吉里吉里人』も未読だが、小説家というよりやはり芝居の作者だったと思う。



一週間 (新潮文庫)

一週間 (新潮文庫)