井上ひさしの戯曲講座『芝居の面白さ、教えます 海外編』を読む

 井上ひさしの戯曲講座『芝居の面白さ、教えます 海外編』(作品社)を読む。以前紹介した『~日本編』の姉妹書。仙台文学館での講演の筆記録。とても面白かった。

 取り上げられているのは、シェイクスピアの『ハムレット』、イプセンの『ヘッダ・ガーブレル』、チェーホフ『三人姉妹』、ニール・サイモンおかしな二人』で、その戯曲と演出、芝居の見方を詳しく解説してくれる。何という贅沢な講演だったことか。

 

 チェーホフの『三人姉妹』とこのシェイクスピアの『ハムレット』、この二つは世界史の奇跡でしょう。

 

 『ハムレット』の有名な台詞’To be, or not to be, that is the question.’について、様々な翻訳がされてきた。坪内逍遥「世に在る、世に在らぬ」、福田恒存「生か、死か」、小田島雄志「このままでいいのか、いけないのか」、木下順二「このままにあっていいのか、あってはいけないのか」、松岡和子「生きてとどまるか、消えてなくなるか」など。

 井上が別の台詞を提示する。ハムレットがレイア―ティーズと剣術試合をすることになり、心配したホレイショ―が止めたほうがいいのではないかという。それに対してハムレット

「(前略)肝腎なのは覚悟だ。いつ死んだらいいか、そんなことは考えてみたところで、誰にもわかりはすまい」。続けて「所詮、あなたまかせさ」というところがあります。この「あなたまかせ」というせりふ、原文では’Let be’です。

 つまり、’To be, or not to be’と’Let be’をつなげればすぐ答えが出てくる。’Let be’が「なりゆきまかせさ」「あなたまかせ」という意味ならば、「なりゆきにまかせるか」「それとも自分で動きだすか」、それが問題だ、といっているわけです。

 

 井上は、チェーホフの『かもめ』は『ハムレット』を手本にいていると言う。

(……)チェーホフは『ハムレット』を手本にして『かもめ』を書いているんですね。このことは誰も言わないので、ぼくが言いますけど、『かもめ』を読んだ方はよくわかるように、あの芝居には非常に多感なトレープレフという青年が出てきますが、お母さんのアルカージナは美しい未亡人です。この母子は、ハムレットとガートルードの母子関係そっくりなんです。

 母親のアルカージナにはトリゴーリンという中年の小説家の愛人がいて、このトリゴーリンは完全にクローディアスです。そしてオフィーリアに当たるのが、トレープレフの恋人ですごく幸せの薄い恋人ニーナ。そう、チェーホフの前には、『ハムレット』があったんです。『ハムレット』の人物構成をすっかり『かもめ』に移し替えている。なおかつ、チェーホフの『かもめ』の最初のほうにも劇中劇がある。

 

イプセンの『ヘッダ・ガーブレル』を取り上げて、

 イプセンの登場人物は、説明的な思い出話はしない。過去は語らずにいまの感覚でものをいっています。そのせりふ=煉瓦をお客さんがひとつひとつ受け取っていきながら、一幕の終わりの、これからすごいことが起りそうだというところまで、ぎゅーっと煉瓦を積み上げていく、この見事さですね。芝居をお書きになりたい方は、この『ヘッダ・ガーブレル』の最初のところを暗唱できるぐらい覚えておくといいでしょう。この調子で書いていけばいいんですから(笑)。

 

 チェーホフの『三人姉妹』を取り上げて、

 イプセンの作劇術というのは、理屈でわかるので真似してみようと思うのですが、チェーホフのこのやり方は、勉強しようがない。勉強するとそっくりになってしまう、チェーホフもどきになってしまうんです。ですから、チェーホフというのは空前絶後の大作家なんです。シェイクスピアとどっちがすごいかといわれたら、ひと言でいえないですね。

 

 いや、とても面白かった。清水邦夫蜷川幸雄に同じような講演をさせて見たかった気がする。芝居に関する名著だと思う。