井上ひさし作『化粧』を紀伊國屋ホールで見る。出演:平淑恵、演出:鵜山仁、こまつ座公演。そのちらしから、
さびれた芝居小屋の淋しい楽屋。
その楽屋に遠くから客入れの演歌が流れ込んでくるやいなや、大衆演劇女座長、五月洋子は、座員一同に檄を飛ばし始める。
開演直前の化粧支度の最中も、口上や十八番の出し物、母もの芝居「伊三郎別れ旅」の稽古に余念がない。
その慌ただしい楽屋に、洋子をたずねて来る者が居た。それは、彼女が泣く泣く昔捨てたはずの一人息子と名乗る人物であった。息子との再会話と出し物「伊三郎別れ旅」の話が重なりあって……。
開演冒頭、「五月洋子一座」と書かれた汚れた幟が目立っている。全体に薄汚れたようなわびしい楽屋。幕が上がると寝ていた座長五月洋子が起き上がる。鏡の前に座って化粧を始める。座員の女性に用事を言いつけ、おじさんと呼ぶ座員には稽古をつけ、即興で変更した台詞を口づてで伝える。だが舞台には五月洋子しか登場しない。一人芝居という設定なので、ほかの登場人物は現れないのだろうか。
捨てた息子との再会話の「伊三郎別れ旅」の展開と、TBSテレビから持ちこまれた五月洋子の息子との再会話が絡まって進んでいく。五月洋子の息子は今では人気のテレビタレントになっていた。芝居は五月洋子の現実と上演している「伊三郎別れ旅」の内容が二重構造を示す面白さで、ある種の喜劇仕立てになっている。
そして最後に汚れた幟や誰も登場しないという伏線がみごとに回収される。
1982年に初演され、世界各国でもう600回も上演されているというすばらしい芝居だった。初めて見たが面白かった。井上ひさしとしては、割合初期に書かれた芝居で、当時からここまでの完成度を示していたことに驚かされる。「傑作」という声も高いが、それに反対する意見は少ないだろう。ただ、後期の井上の芝居と比べれば、ほんの少しだけ物足りなさを感じたのは仕方がない。井上の後期の芝居は下線を三重に引きたいほどの傑作なのだから。
芝居の楽屋をテーマにしたものでは、もう一つ清水邦夫の『楽屋』を思い出す。1977年初演だから『化粧』より5年ほど早い。『楽屋』はやはり芝居の楽屋が舞台で、4人の女優が登場するだけだ。こちらはチェホフの芝居の台詞が散りばめられ、主演女優と狂ったプロンプター、そして生前ろくな役がつかないまま亡くなった過去の女優たちの幽霊が登場する。ひとつの舞台で、生きている女優たちと女優の幽霊たちが混在する面白さが、この井上ひさしの『化粧』と通じている。
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井上ひさし・作『化粧』
鵜山仁・演出、平淑恵・出演
こまつ座 第103回公演
2014年3月7日(金)→3月21日(金)
新宿東口・紀伊國屋ホール
http://www.komatsuza.co.jp/