網野善彦『日本の歴史をよみなおす(全)』を読む

 網野善彦『日本の歴史をよみなおす(全)』(ちくま学芸文庫)を読む。「(全)」とあるのは、かつて筑摩書房から『日本の歴史をよみなおす』および『続・ 日本の歴史をよみなおす』として発行された2冊をまとめたものだから。
 網野は為政者の歴史ではなく、民衆というか底辺に近い人々を考察の対象にする。とくに非人とされた者たちの出自を探り、単にケガレとされてきたというよりも、むしろ神仏に直属していて「畏れられていたケガレを清める力を持つ聖別された職能民として、社会の中に位置づけられていたのではないか」と書く。
 さらに『一遍聖絵』の分析から、一遍の臨終にあたって差別されてきた犬神人たちが多くの弟子たちにまじって一遍の死を見送り、ついにそのなかのひとりは入水往生を遂げるまでになるという感動的なドラマが描かれていることに注目している。
 鎌倉新仏教は女性の社会的地位の向上にも力をそそぎ、非人と女性の救済を重要な課題とすることになった。
 本書の後半では過去の日本の社会は農民の社会ではなかったという画期的な主張が展開される。歴史に綴られている過去の社会では「百姓」が圧倒的な多数を占めている。これまで百姓=農民という図式で、日本は農民が圧倒的多数を占めてきた社会だとされてきた。しかし、奥能登の旧家の古文書を分析した結果、江戸時代に水呑百姓に分類されていた家が、実は大船を2、3艘持っていた廻船商人だったことを突き止める。江戸時代は水田を租税の基礎にしたため、水田を持たない者は水呑百姓に分類されていた。百姓は元々農民だけではなく、非農業民を多く含んでいた「一般の人民」という意味だった。その中にはきわめて豊かな商人に分類される者たちが含まれていたことが忘れられていたのだった。
 網野は中世の日本を農本主義とのみ見るのではなく、重商主義という視点から見ることができるというきわめて興味深い見解を教えてくれる。久しぶりに、眼から鱗が落ちるというような読書体験を味わうことができたのだった。



日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)