毎日新聞の「2010年この3冊」から(下)

 毎日新聞の「2010年この3冊」から(上)の続き。*を付けた名前がその本の選者だ。
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伊東光晴(京大名誉教授・経済学)

●岩澤信夫「究極の田んぼ」(日本経済新聞社
 冬水田に水をはり、イトミミズを発生させる有機農法で、除草剤を使わず、田も耕さず、冷害に強く、収量も多い米作り。「日本不耕起栽培普及会」のリーダーの本。科学的基礎も充分。広く読んでほしい。

 これは私も読んで紹介した。
「究極の田んぼ」という過激な自然農法をすすめる本(2010年6月14日)


*井波律子(中国文学者)

渡辺京二「黒船前夜−−ロシア・アイヌ・日本の三国志」(洋泉社
 ペリーの黒船が来航する100年ほど前から、千島、樺太、北海道など北方世界はにわかに慌しくなり、ロシア、アイヌ、日本が入り乱れて大騒動が始まる。興趣あふれるエピソードをふんだんに盛りこみ、知られざる北方史をありありと描きだした臨場感あふれる1冊。
池内紀「ことばの哲学−−関口存男のこと」(青土社
「語学の鬼才」と称された大いなるドイツ語学者、関口存男のユニークな生涯とその壮大な「ことばの哲学」を、忘却の彼方から掘り起こしたすばらしい評伝。こんな卓越した語学者が実在したとは。まさに目からウロコの感動をおぼえる。

 渡辺京二は「逝きし世の面影」がとても良かった。だからその姉妹書という本書も良いに違いない。
「逝きし世の面影」を読んで(2010年4月13日)


海部宣男放送大学教授・天文学

●手嶋兼輔「ギリシア文明とはなにか」(講談社選書メチエ
 今年一番、読みふけった本。著者は在アテネ日本大使館にも勤務した。地中海という切り口での歴史分析から、誇大ギリシャ文明の違った風景画見えてくる。軸は、ギリシャにただ一度世界帝国への夢をもたらした、アレクサンダー大王である。
丸谷才一「文学のレッスン」(新潮社)
 今年一番、詠んでトクした本。ベッドの友に最適で、読了が惜しかった。詩歌から小説・評論、古今東西の文学を、解剖分解再構築。日本の近代詩や長篇小説への厳しい批判に、納得同感なるほどそうか。文学の原点はやはり歌なんだと、安心もした。

「文学のレッスン」は私も紹介した。
丸谷才一「文学のレッスン」の興味深いエピソード(2010年7月30日)
丸谷才一「思考のレッスン」を読んで(2)(2010年10月22日)


三浦雅士(評論家)

●古田晃「俵屋宗達−−琳派の祖の真実」(平凡社選書)
 これは小著ながら宗達光琳、抱一の差を際立たせ、宗達の独自性に感嘆の声を上げさせずにおかない一冊。
マルティン・ハイデガー木田元監訳「現象学の根本問題」(作品社)
 これは、立ち読みでもいいから、まず「訳者あとがき」を読むこと。邦訳全集に収録されているにもかかわらず、なぜテキストを変えてまで別の翻訳を刊行しなければならなかったか、理由が分かる。その後に全編、読みたくなる。「存在と時間」の「全面的なやりなおし」だから主著に次ぐ必読本。講義にふさわしい口語訳なので、確かにじつにわかりやすい。

俵屋宗達」は確かに刺激的な本だった。
古田亮「俵屋宗達」(平凡社新書)の大胆な主張(2010年6月17日)
 ハイデガーの「現象学の根本問題」は三浦の言うように訳者あとがきを読んでみた。簡単に言えば本書がハイデガー理解に大変重要なこと、しかし既刊の全集の訳がひどいため、翻訳権の問題をクリヤーして新訳を刊行したのだった。これは買って読みたいと思った。木田元ハイデガー存在と時間』の構築」(岩波現代文庫)を読むと、この辺の事情がよく分かる。


村上陽一郎東洋英和女学院大学長・科学史

柳瀬尚紀「日本語ほど面白いものはない」(新潮社)
 これは異色の書物。著者が地方の小学生を相手に、日本語を巡る授業を重ねた記録だが、読者にとっても著者の授業は、奇想天外な漢字の紹介もあって、仰天するほど面白いし、そのうえ、子どもたちと担任の先生と著者の切り結びが、時に涙腺を刺激するまでに秀逸。こどもが育つ原点を示してくれる。

山崎正和(劇作家)

三浦雅士「人生という作品」(NTT出版
 三浦氏は、人が霊魂を信じるか人生という作品(虚構)を信じるかで、文明史を分けるという冒険を試みた。成果はめざましく、文学、貨幣、芸術といった膨大な人類の営みが統一的な展望のなかに捉えられた。博学と思考の力業の調和が、本年の白眉というべき本を生んだ。

「本年の白眉」とは最高の絶賛だ。この出版社は刊行数の割に新聞などの書評で取り上げられる頻度が高いという印象がある。


養老孟司(解剖学者)

●藻谷浩介「デフレの正体」(角川oneテーマ21
 これは新書だが、私は経済の音痴、でもこれを読んで、おかげさまでさまざまな疑問が解けたなあと思った。見ようによっては、こういう単純なことなんですよ、世の中というのは。記者必読じゃないだろうか。

 これでちょうど20冊だ。こんな風に読みたい本はどんどん増え続けていく。今でも家には未読の本が500冊以上はあるというのに。