大岡信・岡野弘彦・丸谷才一 共著「歌仙の愉しみ」(岩波新書)を推薦する。俳諧=連句がよく分からなかった。最初に五七五の発句を読み、次の人が七七の短句を付ける。それに別の人が五七五の長句を付け、次の人が七七の短句を付ける。原則として前の句につなげる。それに様々な規則がある。36句読み継いで歌仙という。何人かで巻く合作だ。それをどのように鑑賞したら良いのかよく分からなかった。
本書ではこの3人で巻いた8つの歌仙が紹介され、それぞれについて、各人が何を考えて句を付けたかが解説される。こんな風に考えてこれを付けたのかと、面白くしかも勉強になる。取っつきにくかった連句=俳諧が一遍に身近なものになった。本書から「ぽつねんとの巻」。
《初折の表》
秋 長夜ひとりぽつねんと酒の稽古する 玩亭(丸谷才一)
秋 するすると咽頭(のど)をとほる里芋 乙三(岡野弘彦)
秋(月) 朝戸出に弓張月を仰ぎ見て 信(大岡信)
秋 猪(しし)に逢うたる話うらやむ 玩
雑 分校へ峠をくだる兄おとと 乙
雑 銭ためて買ふ新型携帯 信
これを解説して、
丸谷 秋なので夜長の句をつくろうと考えていたら、どうもいくらいじっても酒の句しか出てこない。普通の酒じゃ面白くないんで、酒の稽古というふうにしたらどうだろうかと思ったら、できたんです。
長夜ひとりぽつねんと酒の稽古する 玩亭
さんざん飲み尽くした男があらためて稽古するという滑稽の句です。
岡野 まさしくそうだろうと思ったんです。酒の達人の域に達している人がまたあらためて稽古をし直している。ところが、私は若い頃から稽古どころかぜんぜんダメでして、一時はかなり苦しんで稽古したんだけれども、ダメなんですね。
酒のほうは咽頭を通らないんだけれども、咽頭を通るのは肴のほうの里芋、つるりつるりと里芋ばかりが入る……。
するすると咽頭をとほる里芋 乙三
丸谷 「する」を3回重ねるかたちになったのが面白いですね。こういう言葉遊び、いいですよ。
大岡 里芋が脇で、「長夜ひとりぽつねんと」と大変うまく合っている。秋の場合は第三が「月」ですが、里芋の世界から離れて、どういう世界にいくか。月というのを出すのはなかなかむずかしい。それで、
朝戸出に弓張月を仰ぎ見て 信
するする咽頭を通っていく里芋をゆうべ食った、そういう人が朝早くにどこかへ出掛けなければならない。それで「朝戸出に」というかたちにしたんです。
丸谷 「朝戸出」と「弓張月」という言葉二つが面白いねえ。「弓張月」の「弓」に引っ張られて猪が出てくるわけです。猪は秋だから、4句「秋」が続くんですね。
猪に逢うたる話うらやむ 玩
猪に逢った話を聞く。普通は怖がる。それを外してうらやましがるというところで俳諧味を出そうというわけです。(中略)それで、大人が猪に逢った話を聞いてうらやましがっているというのを、子どもに取りなしたわけね。
岡野 そうなんです。(中略)子どもの頃、ぼくらもそういう猪に逢ってみたかったなと、弟と話をする−−弟はまだその頃はいませんでしたが、兄・弟をつくったわけです。
分校へ峠をくだる兄おとと 乙
芭蕉の「猿蓑」とか「炭俵」とかを読んでみたい気がした。
- 作者: 大岡信,丸谷才一,岡野弘彦
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2008/03/19
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