辻原登・永田和宏・長谷川櫂『歌仙はすごい』(中公新書)を読む。これがとてもおもしろかった。小説家と歌人と俳人の3人が2011年から2018年までの8年間に8回の歌仙を巻いている。
歌仙は複数の参加者が集り、最初の人が5・7・5の句を読み、次の人が7・7の脇を付ける。ついで5・7・5、また7・7と付けていく。これを36句続ける。前の句に関係ある内容で付けなければいけないが、付きすぎてもいけない。ひとつところに停滞してはいけなくて、どんどん前へすすまなければいけない。そして規則があって、花の句を2か所に入れる、月の句を3カ所、恋の句を2か所入れることになっている。花の句は17句目と35句目。さらに季節を入れることも決まっている。
連想によって進んでいくので、その連想が読者として共有できないと面白さが分からない。連句、歌仙は取っ付きにくい印象があった。その点、本書は3人がなぜこの句が詠まれたのか解説してくれる。それで連想の内容がよく分かって面白いのだった。4回目の歌仙を途中まで引く。
《初折の表》
発句 荘内の人なつかしき御遷宮 登(秋)
脇 小紋の裾のはつと照柿 櫂(秋)
第三 後姿(うしろで)のゆらり高けれ軒の月 和宏(秋・月)
四 唐変木が水溜り踏む 登(雑)
五 梅雨明けの蝙蝠傘を振りまはす 櫂(夏)
六 二倍返しのあふるゝ巷 和(雑)
《初折の裏》
初句 啖呵切って晴耕雨読灰となれ 登(雑)
二 酒の合間に羊歯(しだ)の研究 櫂(雑)
三 論文のひとつやふたつ、えいままよ 和(雑)
四 師弟関係いつまでもつか 登(雑・恋)
五 まづ習ふストツキングの脱がせ方 櫂(雑・恋)
六 覚えてのちの手持ち無沙汰よ 和(雑)
これをどう解説しているか。
《初折の裏》
辻原 一人称で読んでください。
啖呵切って晴耕雨読灰となれ 登(雑)
二倍返しだろうが我には関係ない、一坪ほどの畑と書物があればいい。それで死んでもいいじゃないかと。
長谷川 辻原さんのイメージと、少し違いませんか?
辻原 お前は倍返しのほうだろうって? イメージと実際は違うものです。
長谷川 晴耕雨読には、実は酒が欠かせません。
酒の合間に羊歯の研究 櫂(雑)
熊楠に因んで、羊歯の研究としました。
辻原 熊楠という人は、実際、酒と酒のあいだに研究をしたという感じがしますね。
(中略)
――永田さんから間髪を入れずに句が返ってきました。(実は永田は約束の日取りを間違え、京都から新幹線に乗って会場の横浜に向かっている)。
論文のひとつやふたつ、えいままよ 和(雑)
辻原 永田さんらしい。反射神経並みのスピードでした。
長谷川 「締め切りの日を忘れるなかれ」と下の句を付けたくなりますね。次は「恋の座」です。
辻原 できました。
長谷川 辻原さんも早い。
辻原 だって恋でしょ。
師弟関係いつまでもつか 登(雑・恋)
長谷川 師弟関係ではなくなって、次はどういう関係になるのか……。
辻原 なぜ場の空気が凍るのですか。思い当たるフシでも?
長谷川 いやいや。そんなことがあろうはずもありません。
(ややあって)
難しかった。ちょっと時間がかかりましたが、これでどうでしょう。
まづ習ふストツキングの脱がせ方 櫂(雑・恋)
辻原 長谷川さんは時々凄いのを出してくる。(笑)
長谷川 これは中くらいですよ。普通、師弟関係の色事というと、男性の師と女弟子が連想されますが、女性の先生と男の教え子という関係と考えると面白い。
丸谷才一が仲間と巻いた歌仙も読んできたが、本書が素人の私には一番面白かった。