片山杜秀「音盤博物誌」(アルテスパブリッシング)は、前著「音盤考現学」とともにきわめてユニークなクラシックCD評だが、「細川俊夫作品集」の評において、突然作家の辻邦生論が現れて驚いた。細川俊夫のハープ協奏曲《回帰》は「辻の追憶に」と添え書きされているという。片山は辻と細川を「留学生文学」「留学生作曲家」と括る。
辻邦生は35年ほど前、短篇集「城・夜」や「回廊にて」、「小説への序章」を読み、「夏の砦」を読んで舌を巻いた。しかし、巧すぎると思って読むのをやめてしまった。それでも高い山を遠くから仰ぎ見ている感じで、いつかもう一度挑戦してみたいとは思っていた。もっともカミさんが購読していた「婦人之友」に連載されていた映画評、のちにまとめられて「美しい人生の階段・映画ノート'88〜'92」(文藝春秋)は映画評なので読んではいたが。
その片山杜秀の辻邦生論、
辻は若き日にトーマス・マンとかに影響されたとはいえ、やはりスタンダールを専攻し、パリに学んだフランス文学者で、しかもその小説には一貫して、読んでいて気恥ずかしくなってくるような甘さがある。幼い日にフランス人の宣教師にもらったかのボンボンの、どこかレアリテを欠いた、作り物っぽい、人工的な甘さとでもいえばいいか。辻の先輩格になる福永武彦なら、ちょっと照れてしまい、なんとか苦みをきかせて、慎重に隠しにかかるだろう。いかにもフランス的に過度に色づいた豊潤さへの憧れが、辻の文章では、どうも赤裸々になりすぎるのだ。
そうか、辻は甘いのか。短篇集「城・夜」には、この2篇のほかに、「献身」と「洪水の終り」が収録されていた。カフカをポピュラーにしたり、ランボーの妹を描いたり、知的で技巧的な作家だと思っていたが。
- 作者: 片山杜秀
- 出版社/メーカー: アルテスパブリッシング
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