ストライプハウスギャラリーの大坪美穂展を見る

 東京六本木のストライプハウスギャラリーで大坪美穂展「Witness-目撃者―」が開かれている(11月15日まで)。大坪は1968年に武蔵野美術大学油絵科を卒業している。今まで銀座のシロタ画廊やギャルリ・プスなど各地で個展を開いていて、韓国やインドのグループ展にも参加している。2019年にもここで個展を開いている。さらに昨年はアイルランドのアーツセンターゴールウェイで個展を開き作品が収蔵されたという。

 今回の白眉は戦争の犠牲者を示す数字が記された鉛のカードで作られた十字架の作品だ。それはウクライナの死者であり、アウシュビッツの死者でもあるだろう。それが集まって十字架を形作っている。見事な造形であり、それが深い意味を秘めている。類を見ない見事な作品だと思う。



 奥の空間には布で作られた球が転がっていて、子供の服が宙吊りにされている。昨年大坪がアイルランドを訪ねた折り、「聖なる泉」を訪れた。林の中の石積みの塀に囲まれた場所には大小の石が点在していた。それは150年前のジャガイモ飢饉で洗礼前に亡くなった子供たちの墓であると思われた。洗礼前に亡くなった子供たちは天国に行けないのだという。布で作られた球体はその墓石をイメージしている。大坪はその魂が天国に昇ることを宙吊りの子供服で表わしている。



 地下の空間には150号の平面作品が展示され、枯れた向日葵が描かれている。その手前に向日葵の種が床にひろがっている。大坪のテキスト、

 

〈WITNESS〉目撃者

 

ひと粒の種のように

こぼれた向日葵の種は/土に宿り/やがて大地から芽を出す/光を求めて/空の高みを目ざす

生命の再生を願い/種に希望を託す・・・

 

 ウクライナの戦禍は戦後の焼け跡を見て育った大坪の記憶と重なるという。

 

 子供服を版画(モノタイプ)にした作品が展示されている。展示を一通り見てくると、この作品も子供たちの犠牲を象徴していると見ることが出来て印象に残った。



 すぐれた展示だと思う。

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大坪美穂展「Witness-目撃者―」

2022年11月3日(木)―11月15日(火)

11:00-18:30(会期中無休)

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ストライプハウスギャラリー

東京都六本木5-10-33

電話03-3405-8108

http://striped-house.com/

※地下鉄六本木駅3番出口を上がって、喫茶店アマンドの横の芋洗い坂を下って徒歩4分ほどの左手

 

 

 

Stepsギャラリーの中澤小智子展を見る

 東京銀座のStepsギャラリーで中澤小智子展「神話と祈り」が開かれている(11月12日まで)。中澤は1996年に東京藝術大学大学院美術研究科修士課程彫刻専攻を修了し、1997-1998年にイタリア政府給費留学生としてミラノ芸術アカデミーに学んでいる。Stepsでの個展は2013年に続いて2回目となる。

 今回の個展について、画廊主の吉岡まさみの的確な紹介があるので、それを引用させてもらう。


 入口すぐの右手に手の彫刻がある。タイトルが「514 ~デューラー「祈る手」によせて~」。吉岡の解説、

 

 デューラーの素描「祈る手」を立体にしたものである。黒大理石の力強い存在感と、確かな描写力が見る者を圧倒する。514という数字は、デューラーが「祈る手」を完成させてから現在までの年数だそうだ。514年を経ても「祈り」の姿勢は変わらない。現代のわたしたちは何を祈っているだろうか。

 

 これが黒大理石で作られている! すごい技術だ!

 


 ついで画廊の中央に鏡の立方体「神話の起源」が置かれている。ハーフミラーで作られているという。吉岡の解説を引用する。

 

鉄製のテーブルに乗ったこの箱は、全面が鏡であり、ギャラリーの壁と観客の姿を映すだけのそっけない作品である。一見ミニマルアートのように見えるが、実は、巧妙な仕掛けがしてある。この鏡はハーフミラーである。向こう側が半分透けて見える鏡である。そしてこの箱の中には何重にも重なった鏡が組み込まれているのである。しかしハーフミラーのはずなのに箱の中は見えない。ハーフミラーは鏡の向こう側に光源がないと何も見えず、ただの鏡になってしまうのだ。中を見るには、外の光を極限まで落とす必要があるが、そうすると真っ暗闇になってしまい結局何も見えなくなってしまうのだ。暗闇を内包した作品である。わたしは、鈴木真砂女の怖い一句が脳裏に浮かんだ。

 

蟋蟀や目は見ひらけど闇は闇

 

本人は「理屈っぽい作品になった」と言っているが、「祈る手」と合わせて鑑賞すると、伝統的な手法で作られた彫刻と、このほとんどコンセプチュアル・アートである箱のあまりのギャップに戸惑ってしまうのだが、実はこの飛躍こそが中澤のインスタレーションの特徴であり醍醐味であるとわたしは考える。

祈りは闇の中で行うものである。

 

(私が映り込んでいる)


 そして画廊の奥に、事務室に通じる入口があるのだが、そこにハーフミラーとシルクスクリーンが入口をふさいでいる。タイトルが「それぞれの視点 -壊された日常 隣の日常-」。吉岡の解説を引く。

 

この入口はギャラリーの事務所に続いていて、外光が入るので、文字通りのハーフミラーになる。前に立つと、自分の姿と、向こう側の事務所を同時に見ることになる。この鏡にはシルクスクリーンによる画像がプリントされているが、これは爆撃を受けたウクライナの住宅の写真を印刷したものである。このシルクスクリーンも、中澤自身が印刷した。ウクライナの写真のこちら側にわれわれが立ち、向こう側の「日常」と設置された作品をながめることになる。

 

 事務所の中には、「コルヌ・コピアイ」と題された大理石とブロンズの手の彫刻が置かれている。吉岡の解説を引く。

 

手を組み合わせたところから、花が伸びてきているところである。コルヌ・コピアイというのはギリシャ語で豊穣の角という意味らしいが、組み合わされた手から自然の恵みが溢れ出ているわけなのだが、この手は一人のものなのか、二人の手なのかはわからない。

 

 事務所には小品も10点ほど置かれている。

 

 吉岡の解説は、「吉岡まさみBLOG」から引用した。

http://stepsgallery.cocolog-nifty.com/blog/2022/11/post-d29a2e.html

 

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中澤小智子展「神話と祈り」

2022年11月1日(火)―11月12日(土)

12:00-19:00(土曜日17:00まで)日曜休み

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Stepsギャラリー

東京都中央区銀座4-4-13琉映ビル5F

電話03-6228-6195

http://www.stepsgallery.org

 

 

 

ギャラリーKINGYOの田中彰展を見る

 東京千駄木のギャラリーKINGYOで田中彰展「Portrait」が開かれている(11月6日まで)。田中は1949年高知県生まれ、1974年多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン科卒業。いくつかの画廊で個展をした後、2004年ギャラリー汲美で個展を開き、汲美が閉じた後は主にギャラリー58を中心に活動している。

 ギャラリーのホームページに掲載された田中の言葉。

 

眼の前の風景を描けば、その方が楽かなと思うのですがサッと現れた『ヒト』を私にしか解らない記号というか暗号のようなメモを描き記します。

あまり深く考えず反射的にとらえるようにしています。

日常の一瞬の表情みたいなモノが描ければいいかなと思っています。

 



 個展タイトルが「Portrait」とあるように人の顔を描いている。中にはテレビニュースで見たという勲章をたくさん吊り下げた北朝鮮の将軍もある。田中の作品はフランシス・ベーコンと共通するものがあるが、ベーコンに見られる神経症的な傾向は田中には見られない。田中は健全なのだ。

 ギャラリー2階にはドローイングが並んでいる。

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田中彰展「Portrait」

2022年11月1日(火)―11月6日(日)

12:00-19:00(最終日17:00まで)

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ギャラリーKINGYO

東京都文京区千駄木2-49-10

電話050-7573-7890

http://www.gallerykingyo.com/

東京メトロ千代田線根津駅千駄木駅 両駅から徒歩7分

 

 

エミル・ベルナール『改訳 回想のセザンヌ』を読む

 エミル・ベルナール著、有島生馬訳『改訳 回想のセザンヌ』(岩波文庫)を読む。わずか94ページの小著。私が読んだのは2000年発行の5刷だが、第1刷は1953年、初訳は大正2年の『白樺』連載とのこと。戦後改訳してタイトルにも改訳とあるが、とにかく訳文が古い。マネはマネェだし、ティシアンはティツィアーノだろう。何しろ有島生馬訳なのだ。

 ただし内容は面白い。ベルナールは晩年のセザンヌを訪ね、2か月間をセザンヌの画室を借りて親しく交流する。一緒にスケッチに出かけ、セザンヌとさまざまな会話をする。セザンヌはゴーガンを評価しない。裸婦を描くのにモデルを雇わない。地域の噂話になるのを恐れているのだ。

 ゴーガンについて、

 

「私は決して圓味(モドゥレェ)や、調階(グラデュアション)が全然無視されている作品を押売りされようと思わない。彼は無視覚な男の一人だ。手に油絵の筆を持っていた画家ではない。ただ支那式の形像(イマーヂュ)を描いたと云うに過ぎない。」

 

 

 セザンヌと2か月間を共にしただけあって、セザンヌの日常が生き生きと紹介されている。ぜひ新しい訳で出版されることを希望する。

 

 

 

コバヤシ画廊の西成田洋子展を見る

 東京銀座のコバヤシ画廊で西成田洋子展「記憶の領域2022」が開かれている(11月5日まで)。西成田は茨城県生まれ、1987年より東京、水戸、ニューヨークなどでもう30回以上も個展を開いている。作品は大きな奇妙な立体で、古着などを縫い合わせて造形している。

上の部分

以下、上の部分

平面作品


 今回は正面の壁に設置された十字架を改変した作品と、床から立ち上がったやや大きな立体で構成されている。それに平面作品が1点。

 床から立ち上がった作品の床に設置されている部分は、靴などが生々しく使われている。

 西成田の作品は一見おどろおどろしい印象を与えるが、実は聖性を宿している。観世音菩薩が卑しいものにやつして現世に現れ、これはと見込んだ正しく貧しい者の前にその聖なる姿を現わす、まさにその一瞬を造形しているのではないか。

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西成田洋子展「記憶の領域2022」

2022年10月31日(月)―11月5日(土)

11:30-19:00(最終日17:00まで)

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コバヤシ画廊

東京都中央区銀座3-8-12 ヤマトビルB1

電話03-3561-0515

http://www.gallerykobayashi.jp/