藤本正行『信長の戦争』を読む

 藤本正行『信長の戦争』(講談社学術文庫)を読む。副題が「『信長公記』に見る戦国軍事学」というもの。藤本正行は、これまで信長の優れた軍事的作戦とされてきた桶狭間の奇襲戦、秀吉による墨俣一夜城築城、長篠合戦の鉄砲三千挺・三弾撃ち。これらを後世作られたフィクションだと驚くべき主張をする。

 藤本が依拠するのが、信長の家臣であった太田牛一による『信長公記』で、牛一は信長が光秀に倒された後は、秀吉、ついで家康に仕えている。しかし牛一の『信長公記』は多くの大名たちに筆写されたが、印刷公刊はされなかった。代わって牛一の『信長公記』を参考にして、面白く脚色した小瀬甫庵の『信長公記』が徳川初期に印刷公刊され、そこに描かれた上記の戦闘が広く真の歴史として最近まで伝わってきた。

 藤本は、牛一の『信長公記』をよく読み込み、信長の天才的作戦だとされてきたものを、事実ではなかったと証明している。それらは大変実証的で、説得力がある。文献をきちんと読み込み、さらに戦闘のあった現地まで足を運んで確認している。

 桶狭間の戦いでは、信長が敵前で迂回コースをとって今川義元の本陣に迫り奇襲したとされてきたが、『信長公記』を読めば正面から強襲をかけたと書かれているし、墨俣一夜城などどこにも書かれていない。藤本は当時の戦闘を丁寧に再現していく。見事なものだった。

 ほかにも藤本の本を読んでみたい。