千野栄一『言語学を学ぶ』を読む

 千野栄一言語学を学ぶ』(ちくま学芸文庫)を読む。本書は「言語学へのいざない」と「近代言語学を築いた人々」からなっている。その「言語学へのいざない」は三省堂のPR誌『ぶっくれっと』に1984年から1986年に連載されたもの。当時『ぶっくれっと』を愛読していたので、そこで読んでいた。そして千野栄一田中克彦とともに私の好きな言語学者になった。2002年に単行本化されたとあるので、そのときにも読んでいるはずだ。

 千野栄一はスラブ語の専門家で、チェコスロバキアに9年間留学していたこともあって、チェコには特に詳しい。チャペックやクンデラの小説も訳しているが、優れた言語学者だ。

 「言語学へのいざない」は16の項目を立て、言語学の基礎を分かりやすく解説してくれる。まさに言語学の初歩的な手引書だ。その項目は「言語調査」「言語学史」「音声学」「音韻論」「比較言語学」「解読」「社会言語学」「ピジンクレオル諸語」「ユニバーサル」「方言学」「日本語の構造」「言語類型論」「文字論」「対照言語学」「言語」「世界の言語」となっている。見出しだけ見ると難しそうだが、実に分かりやすく解説している。そして関連文献を推薦図書として紹介しているので、さらに詳しく知りたい人にとても参考になる。

 後半の「近代言語学を築いた人々」では10人の言語学者が取り上げられている。名前の前にその言語学者のコンセプトが冠のように付せられていて業績がひと目でわかるようになっている。

 「巨人ボドゥアン・ド・クルトネ」「不死鳥ド・ソシュール」「具眼者ビレーム・マテジウス」「天才セルゲイ・カルツェフスキー」「機能論者マルティネ」「構造類型論者メシチャニーノフ」「言語の詩人エドワード・サピア」「碩学ヤコブソン」「比較言語学者アントワーヌ・メイエ」「日本の言語学者 河野六郎」となっている。

 千野はまた結構辛辣で、メイエの項で、いわゆる日本語系統論を強く非難している。

 

……今日、いわゆる日本語系統論を唱えている人たちが、もしこの書(メイエ『史的言語学における比較の方法』)を読み、その深い思索の跡をたどれたとしたら、あのばかげた、いわゆる系統論さわぎはなかったであろう。

 

 これは日本語の起源を古代タミル語にあるとした大野晋を指しているのだろう。

 千野栄一は2002年に亡くなっている。あとがきを未亡人の千野亜矢子が書き、解説を弟子の阿部賢一が書いている。阿部がプラハに留学したとき、大学界隈で何度も、君はチノの教え子かと尋ねられたという。千野の人柄が偲ばれる。