小川さやか『チョンキンマンションのボスは知っている』を読む

 小川さやか『チョンキンマンションのボスは知っている』(春秋社)を読む。面白い読書だった。チョンキンマンションのボスことカラマは香港在住のタンザニア人。安ホテルチョンキンマンションの住人で、中古自動車のブローカーなどをしている。香港のタンザニア人たちのボスを自任しているが、古い住人であることと面倒見の良いことがその裏付けであるにすぎない。

 小川は文化人類学者で、アフリカ研究が専門、特に東アフリカのタンザニアで、マチンガと呼ばれる零細商人の商慣行や商実践について研究していた。タンザニア渡航し、現地で調査しスワヒリ語を話すことができる。そのアフリカ系商人たちが香港や中国に商品を仕入れに渡航し交易活動をしていることに関心を持ち、調査研究のため香港へ渡った。

 安ホテルのチョンキンマンションに滞在し、ボスのカラマと知り合い、彼の案内で香港のタンザニアブローカーたちと交流を深めていく。

 そこで語られる彼らの独自の商習慣が目を見張るほど面白い。語られているのは個々の具体的な実例で、仲間を信じ、ときに騙され、そうやってタンザニアと香港で中古自動車や天然石、中古衣類などが交易されている。

 カマラは次々とブランド物の洋服を購入するが、決して洗濯やクリーニングをしない。着古したものはすべて輸出する中古自動車の荷台などに詰め物として一緒にタンザニアに送られる。タンザニアではそれらが最新のブランドの古着として高値で売られる。

 また、ある者は仲間と天然石の会社を立ち上げ、軌道に乗ってところで何トンもの天然石を香港に輸出する。それは何千万円という大きな富をもたらしたが、仲間が裏切ってすべて持ち逃げしてしまう。

 セックスワーカーをしているタンザニア女性たちは白人客たちから稼いだ金でタンザニアの男たちを養ったり、故郷へ大金を送金したり、誰かと結婚して滞在許可を得るなどしたたかに暮らしている。

 小川は、彼らの闇からグレーの交易活動を研究しているので、現代資本主義社会の経済活動とは全く異なるそのシステムを詳論する。シェアリング経済とも異なるものだ。その興味深いシステムを私は簡単に語ることができない。しかし、資本主義社会の経済や、新しいシェアリング経済とことなる、何か別の価値観が提示されているのは確かだ。

 「Web春秋」に連載されたものをまとめたものなので、実例が数多く紹介され、それがとてつもなく面白い。エピソード集としても楽しめるし、交易に関する事例集としても興味深く読むことができる。ほかにも『「その日暮らし」の人類学――もう一つの資本主義経済』(光文社新書)が出ているという。これも読んでみたい。