早坂暁『公園通りの猫たち』(ネスコ/講談社)を読む。先月脚本家の早坂暁が亡くなった。『夢千代日記』の脚本が代表作だったが、早坂の映画は見たことがなかったと思う。しかし早坂の猫に関するエッセイはとても優れたものだった。訃報を聞いて『公園通りの猫たち』を読み返した。10年ほど前にもこのブログに紹介したことがあったが、猫たちのことなのに本当に感動した。
早坂は渋谷の公園通りに面した東武ホテルに住んでいた。近所の猫たちを観察して、個体識別し、名前を付けてエサを与えたりけがをした猫を動物病院に連れていったりしている。ホテルでは動物が飼えないので、自分が飼育することだけはしていないけど、目一杯の世話をしていることがよく分かる。
近くの空き地で猫が出産した。声が出ない白黒の猫はサイレントと名付けられ、1歳未満で1匹の子猫を産んだ。子猫はオスでタビと名付けられた。サイレントの母親はマーチ。そのタビは道玄坂の和菓子屋さんにもらわれていった。訪ねてみると5センチもある座布団を与えられて座っていた。
エッセイ執筆当時(1988年頃)、公園通り界隈には60匹余りの自由猫(早坂は野良猫と言わないでこう呼ぶ)がいた。その中で一番の高齢猫が牝猫のアマテラスで、13年前から住んでいるヘアデザイナーによると、13年前にアマテラスは子猫を連れて歩いていたという。ちなみに早坂は昨年亡くなるまで、結局そのホテルに40年ばかり住んでいたことになる。三味線のKおばあさんによればアマテラスは16歳とのこと。飼猫でなくて16歳は世界ランキングに入ってもいいんじゃないかと書く。早坂はこの辺り一帯の猫はほとんどアマテラスとボス猫の太郎の子孫だろうと書いている。しかし、それは正しくないだろう。牝猫は同時期に複数のオスと交尾して父親の異なる複数の子どもを出産するということを、動物学者の山根明弘が『ねこの秘密』(文春新書)で書いていた。モテる牝猫は出産経験の豊富な猫で、若い牝猫はモテないとも。
太郎ボスが新しいオス猫と決闘してボスの座を追われる壮絶なエピソードも紹介されている。
スペイン坂に住んでいるホセは気が弱い。大きなネズミと対決しても勝つことができない。近くに住むカルメンからも相手にされたのは1回だけだ。しかも子猫を連れた気の強いハァ子からもマイホームを奪われてしまう。早坂はホセを迷路のような空間に連れて行ってやる。ライブハウスが近いのでロックの音が少しうるさいが。
鼻の下が黒くてひげが生えているみたいなので巡査と名付けられた牝猫がいて、その子猫が駐車してあった車の下にいて挽かれた。巡査が動かなくなった子猫を舐めていたが、
巡査は、なめるのをやめて、じっと子猫を見つめた。ただじっと見つめているだけなのだ。その時、巡査の目に涙が浮かんだのである。
――巡査が泣いている。
私の錯覚ではない。ちゃんと近づいて、私は見たのだから。
猫も涙を流すのだ。
その後、巡査の産んだ子猫の写真が紹介されている。「鼻にコアラのような斑点があるのでコアラ」「目が少しとび出て、宇宙生物のような顔をしたE.T.」「小さいくせに赤い口を精いっぱいあけて威嚇するハァ!」
早坂のエッセイでアマテラスの最後を描いた名文がある。それが次のリンクだ。
・村松友視「アブサン物語」を読む、その他早坂暁の名文(2008年2月27日)
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