『一冊の本』8月号(朝日新聞出版)に「世界の毒草 キョウチクトウ」というエッセイが載っていた。著者は植松黎。キョウチクトウが有毒植物だということは知っていたが詳しくは知らなかった。それによると、キョウチクトウの主な毒成分はオレアンドリンで、その致死量はヒトの場合で0.30mg/kgで青酸カリを上回っているとある。体重50kgの人ならたった15mgが致死量だ。
これを見ると恐ろしい気がするが、実際に近年に人間が死亡した例はきわめて少ないという。その原因もほとんど自殺とのこと。一時期アメリカのボーイスカウトがキョウチクトウの枝でバーベキューをして中毒死したとされる噂が広がったことがあったが、デマだったという。そういえば文京区に住む某婦人がその噂を真に受け、教育委員会に掛け合って文京区内の全小中学校の校庭からキョウチクトウを撤去させたと自慢していたのを聞いたことがある。
「世界の毒草」は連載記事で、キョウチクトウが2回目だった。それで第1回目を読むべく7月号を取り寄せると、キダチチョウセンアサガオが取り上げられていた。これがきわめて恐ろしい! キダチチョウセンアサガオの原産地の一つが南米コロンビアで、その毒成分スコポラミンの中毒症状は記憶喪失だという。
コロンビアの夜の美女たちは、酔客や観光客を誘ってスコポラミンの粉末を飲み物に溶け込ませる。その粉末は少量で効果があり、無味無臭だから気づかれにくい。
スコポラミンの最大の被害は、被害を受けてもその記憶がまったくないことである。いわれるがままに、現金やキャッシュカード、スマホなど金目のものすべてを差しだしてしまう。気がついたときは路上に放りだされ、酔いつぶれたように横たわっていたりするのだ。
コロンビアの都市では、こうした犯罪が日常茶飯事におこる。しかし、犯人が捕まることはめったにない。何しろ、被害者は犯行時のことは記憶喪失状態で犯人像はもとより、自分が何をし、何をされたか覚えていないのだ。証拠もなく、供述も曖昧だから立証が困難なのである。
また、ATMに連れていかれたある男性被害者は、機械を操作して現金を引き出し、それを犯人に巻きあげられる。スコポラミンで自由意思はしばられていても体は命令どおりに動くのだ。さらにそのあと犯人たちは彼の自宅に案内させ、部屋にある金目のものを一切合切持ち出した。近所の人がいぶかって声をかけても「いいんだ」と振り切って家財道具を運ばせた。2日後にようやく気付いたときは、自分の身に何が起こったか全く覚えていなかった。
植松はこれを読んで安易に真似をしないようにと最後に恐ろしい事例を紹介する。祖母の家の庭で、祖母と母と会話に興じていた21歳のドイツ人の青年がトイレに立って、間もなく耳をつんざくようなすごい叫び声をあげた。彼は庭の剪定バサミで自分の舌とペニスを切断してしまったのだ。彼は自作のスコポラミン茶を飲んだのだった。スコポラミンは記憶も失わせるが、幻覚もおこさせるのだ。
キダチチョウセンアサガオは園芸名エンジェルトランペット、花が下向きに咲く。近縁のチョウセンアサガオはダチュラとも呼ばれ、花が上向きに咲く。やはり有毒植物である。