斉藤斎藤『渡辺のわたし』を読む

 斉藤斎藤『渡辺のわたし』(港の人)を読む。口語で短歌を書いている1972年生まれの新しい傾向の歌人の歌集だ。これがよく分からない歌ばかりだ。

君の落としたハンカチを君に手渡してぼくはもとの背景にもどった
牛丼の並と玉子を注文して出てきたからには食わねばなるまい
自動販売機とばあさんのたばこ屋が自動販売機と自動販売機とばあさんに
おれはおれが何故何故何故かきみを抱いているセミダブルベッドで
内側の線まで沸騰したお湯を注いで明日をお待ちください
「お客さん」「いえ、渡辺です」「渡辺さん、お箸とスプーンおつけしますか?」
加護亜依と愛し合ってもかまわない私にはその価値があるから
リトルリーグのエースのように振りかぶって外角高めに妻子を捨てる
攻撃中ですが時間を延長せず、皇室アルバムをお送りします。
「あっためてもらえますか」と言ったままいちご大福見つめるおんな
「よく新宿や渋谷でスカウトされるので、そんなに見た目は悪くないかと」
やなことがあつて季節の花が咲き 問1なにが咲いたでしょうか

 「解説」の阿波野巧也が、「加護亜依と愛し合ってもかまわない私にはその価値があるから」について、穂村弘の〈桟橋で愛し合ってもかまわないがんこな汚れにザブがあるから〉および、化粧品のCMの「私にはその価値があるから」というフレーズからの本歌取りだという。そして「加護亜依」は未成年喫煙、事務所解雇などアイドルの道から外れていく。彼女のアイドルとしての「価値」は著しく損なわれる。他者から借りた言葉と、失墜したアイドルに託されて詠われる自己愛。時を経ることで、加護亜依という一瞬のアイドルは、この歌に苦みや複雑さ、あるいは奥行きを与えているように見える。と書いている。
 見事な分析だと思う。しかし、やっぱり斉藤の短歌はよく分からないし面白いとも思えないのだ。


渡辺のわたし 新装版

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