福島泰樹 歌集『哀悼』を読む

 福島泰樹 歌集『哀悼』(晧星社)を読む。福島29番目の歌集だという。題名のとおり死者を哀悼する歌が並んでいる。
 ISに殺された後藤健二を悼んで、


ゆえなきを楚囚となりて砂あらしオレンジ色の悲しみならん

 そして亡くなった文学者などを追悼して歌う。

  吉原幸子
掌の中の風よ、小鳥よ、あゝそして握り損ねた夢の数々


  吉本隆明
「よせやい」と叱られて聞く中也論 白い木槿が咲く午後だった


  松田 修
「暗黒の司祭」と君を呼びたるは寺山修司、共に果てにき


  河野裕子
悲しみは枝から落ちる夏蝉か 病葉なのか分からなくなる


  坂口三千代
鳥けもの抉りとられた人間の臓器、桜の森に吹雪く悲しみ


  諏訪 優
苦く胃に沁みるアルコールさえいまは不要となりて笑まう写真は


  石和 鷹
石和鷹立松和平と三人で飲みし阿佐谷 俺のみ残る


  武田百合子
女豹のような眸と思うキム・ノヴァク「媚薬」のような肢体と思う


  塚本邦雄
存在と非在の深い悲しみを吹き溢れ燃ゆ珈琲に擬す


  永山則夫
網走に生まれ津軽で育ちしを東京拘置所雪降るな降れ

 しかしこれらはイギリスの桂冠詩人の作品を思わせる。桂冠詩人はイギリス王室の慶弔にあたってそれを詩に読むのが役割だ。詩人個人の気持ちではなく国民の気持ちを読んでいる。桂冠詩人はコピーライターに似ている。どちらも個人の感情を読んでいるのではないことを誰もが知っている。福島泰樹の哀悼歌は難しい位置にある。哀悼歌を読むという企画があったのだろう。短歌では普通塚本邦雄などの例外があっても歌人個人の立場で読むことになっている。これらは福島個人の短歌ではあるが、どこか桂冠詩人の作を思わせてしまう。
 全IV章のうちII章は諏訪優を悼む連作だ。ここには福島の諏訪を悼む素直な気持ちが表れているように見える。

うっすらと煙のようにたちのぼりまた消えてゆくあまい記憶は


一冊の本さえ置かぬ六畳の 詩人の部屋のあまい孤独よ


セーターにジーンズいつも空手の 諏訪さんがゆくはにかんでゆく


炊事場に陽が差すようにゆっくりと御飯を食べているのであろう


蓮の葉に胡瓜をきざみ酒を注ぎ灯をともしけり帰りこよ君

 III章は17歳で服毒死した詩人長澤延子を歌っている。


零さないように器をはこぶなら水は満たしてならぬと思う

 IV章は早稲田時代からの友人黒田和美を悼んでいる。
 さて福島泰樹の哀悼歌集を読んで、感傷的な歌人だと思う。哀悼歌だからこそその特徴が強く表れている。


歌集 哀悼

歌集 哀悼