大道寺将司句集『残の月』を読む

 大道寺将司句集『残の月』(太田出版)を読む。「残の月」の「残」はルビが振ってあって「のこん」と読む。大道寺将司は「東アジア反日武装戦線」のなかの「狼」というグループのメンバーだった。1974年の三菱重工爆破事件で逮捕され、死刑が確定している。その事件では、死者が8人、重軽傷者300人以上だったという。この直前、狼は昭和天皇お召し列車の爆破を計画し、未遂に終わった。それは「虹作戦」と呼ばれていた。1975年逮捕され、1979年東京地裁で死刑判決、1987年最高裁で死刑が確定した。以来28年間刑の執行に備えようとしている。逮捕されてからはもう40年になる。大道寺は私と同い年だから現在67歳なのだ。
 3年前に『棺一基 大道寺将司全句集』(太田出版)を刊行し、それはこのブログでも紹介した。『残の月』からいくつか紹介する。

蠅生れ革命の実を食ひ尽す
くちなはや命奪ひて息衝(づ)けり
炎天に溢るる悔の無間(むげん)なり
世の隅に隠れもならず残る虫
狼は繋がれ雲は迷いけり
漂へる綿虫のはて還るさき
狂ひしは海波(かいは)か吾か蠅生る
夢の世にあとかたもなし竹の秋
涅槃西風(ねはんにし)無人の家の朽ちにけり
綻びし網繕はず蜘蛛の生く
初蝉や屍ひそかに運ばれし
残る日に縋り鳴きたる油蝉
過ちし胸中の滝響(とよ)み落つ
拒食する自裁もあらむ夜盗虫
己が死を悟る鰯のありやなし
仇野(あだしの)の果ては花野に連なりぬ
伏してなほ背(せな)の重たき枯尾花
照り映ゆる桜の幹の冷たさよ
昏き日を今日も生くるや山椒魚
刑死なきおおつごもりの落暉(らっき)濃し

 落暉とは夕日、落日の由。
 2012年から2015年にかけて読んだ句集。栞を福島泰樹が寄せている。

『棺一基』から3年
隔絶された病舎で
癌と戦いながら詠んだ490句
17文字に刻まれた
加害の記憶と悔悟、獄中からの観照

 「蠅」も「くちなは」も「狼」も「綿虫」も「蝉」も「夜盗虫」も「鰯」も「枯尾花」も「山椒魚」もすべて大道寺なのだろう。「刑死なきおおつごもりの落暉濃し」、死刑囚にとって大晦日の夕方になって初めて今年の死刑の執行がなかったと思えるのだ。
 「照り映ゆる桜の幹の冷たさよ」、満開の桜のその幹の冷たさに思いを馳せているのか。山本弘奥村土牛の「醍醐」の桜の構図を借りて描いた「銀杏」の絵をちょっと連想した。
 題名の「残の月」は、死刑囚であり癌患者である大道寺の人生を直接表していよう。


『棺一基 大道寺将司全句集』を読む(2012年8月24日)
山本弘の『銀杏』の元絵が分かった(2012年12月15日)


残の月

残の月