作者を忘れたエッセイ

 パソコンの前で胡坐(あぐら)を組むと猫が寄ってくる。胡坐の中へ入ってきて丸くなって寝る。鋭角に折り曲げた私の左の膝の内側に頭を押しつけて、顔を太ももの下に押し込んで、自分から何も見えないっていう姿勢になる。こちらも目いっぱい頼られているような気分になる。
 すると思い出すことがある。ずいぶん昔に読んだエッセイで、作者の名前も忘れてしまった。当時もう相当の年齢か、あるいはとうに亡くなった作家かもしれない。
 その作家が子供だったころ、両親がいなかったのか、それでおじいちゃんに育てられていたのだったか。おじいちゃんにとても甘やかされていた。あるとき、縁側でおじいちゃんが茶碗酒を飲んでいた。子供はおじいちゃんの胡坐の中に座っていて、おしっこと言った。するとおじいちゃんは茶碗の酒を飲みほして、ここにしろと言った。子供が茶碗の中におしっこをすると、それを庭に投げ捨ててまた茶碗に酒を汲み、おじいちゃんは酒を飲み続けたという。可愛い孫だったら、おしっこもちっとも汚くないんだと深く印象に残ったエッセイだった。
 誰かこの作者の名前を知っていたら教えてほしい。あのエッセイをもう一度読んで見たい。