佐藤正午『書くインタビュー』を読んで

 佐藤正午『書くインタビュー1』、『書くインタビュー2』(小学館文庫)を続けて読む。変なタイトルなのは、インタビューはふつう面と向かって聞き、回答を編集して活字化しているのに、本書では聞き手は佐藤に会うことなく、メールのみでやり取りしているためだ。しかし、雑誌『きらら』に連載しているときは「ロングインタビュー 小説のつくり方」という題だったという。単行本にしたとき、そのタイトルでは売れそうもないことが一つと、インタビューの結果それにそぐわない内容になってしまったためこのようなタイトルに変更したのだろう。
 メールのみで長期間インタビューするというのは過去になかった新しい試みだ。編集部が提案して佐藤がそれに乗ったのだろうが、実は佐藤は少しも積極的ではない。聞き手インタビューアーは仕事として参加している。初めての試みだから、聞き手の伊藤ことこは戸惑っている。

件名:はじめましての私がいます。


 佐藤正午さま
 メールにてお初にお目にかかります。
 ライターの伊藤ことこと申します。
(中略)
 佐藤さん、疲れませんか。


 来年でやっとライター稼業10周年を迎える私がいます。
 もうへとへとな私がいます。
 編集者の策略にはまり、本意でない質問を重ね、相手によそいきの言葉で喋らせる。
 こういうやくざな仕事はお互いにとって不幸だし、読者に対しても失礼なのではないか。
 そんな疑問に10年近くつきまとわれている私がいます。(後略)


件名:だいじょうぶですか


 どうも。
 佐藤正午です。


 それが最初の質問ですか。
 佐藤さん、疲れませんか?


 べつに疲れませんけど。
(中略)


 まあ、そんなことより、なにより、伊藤ことこさん、だいじょうぶですか。
 ここは伊藤ことこさんにというより編集部にむけて問いかけているのですが、このひと、だいじょうぶですか。「来年でやっとライター稼業10周年」なのに「もうへとへとな私」がいるらしいですよ。いったい何があったのでしょう。どんな悩みをかかえておられるのでしょう。このさきメールで長々とインタビューをしていく仕事の第1信がこれですよ。(後略)

 佐藤のメールに対して、伊藤が2信めの質問を送る。それに対する佐藤の回答。

 ああそうですか。
 としか返事のしようがありません。ああそうですか、よかったじゃないですか、死なずにすんで。婚活もできて。あとはあくびをかみ殺すだけです。前回は第1信にしては馴れ馴れしくて多少気味が悪かったですが、今回はぜんたいに退屈でした。気味悪くても退屈でも読まないことには返事が書けないのがつらいとこです。(後略)

 伊藤の第3信に対して、佐藤は「件名:喧嘩うってるのか」と回答する。そして回答中に「ここからは編集部にむけて書きます」として、「……こんなことをへいきでやる人間を、インタビューの質問者として起用した編集部に強い不信感を持ちます。(……)こんなひとといっしょに仕事はできません。はやいうちにどうにかしてください」と書く。
 この後2回二人のやり取りがあって、編集部よりお詫びが掲載される。聞き手の伊藤ことこと全く連絡が取れなくなったというのだ。辛くて逃げてしまったようだ。
 編集部は新しい聞き手東根ユミを採用し、インタビューが再開される。佐藤は普通に回答していくが、ときどき多少感情的になっている。東根の質問に、「(……)雑ではなく、無精です。大づかみな質問をぽんと投げて具体的な回答を欲しがるのは無精じゃないかという気がちょっとします」など。また、「(……)前回のメール、/これって?/という物の訊ね方には目を疑いました。/こういう、あなたとあたしはツーカーの仲みたいな、なあなあな、ずぼらな、無精ったらしい質問の放り投げはやめてください」。
 しかし、東根のことは佐藤も気に入ったらしく、回答がていねいになる。今回のインタビューの趣旨の「小説のつくり方」に即した内容が語られる。とは言え、正確には小説作法というより、佐藤正午が過去どんなふうに小説を書いてきたか、そのことが細部にこだわって語り合われる。なかなか興味深い内容だ。『ダンスホール』では、意図的に文末をすべて「た」止めにした、そのことで何が変わったかなど、作家の手の内が明かされている。
 そして、次の長篇の題名を取りあえず『鳩の撃退法』にしたと佐藤が言う。書きはじめることにしたので、ちょっとのあいだインタビューをお休みして「とうぶん小説書きに専念します」と言い、しかしこれでお別れというのではなく、「質問回答のメールのやりとりはこのさきも長く果てしなく続くのです。10年20年(……)続いていくのです。まだほんの2年じゃないですか。3年目に入る前に小休止です」。
 まさにメールの第1信からちょうど2年が過ぎていた。そして『鳩の撃退法』の連載が終った3年後、またメールが復活する。その間、東根は佐藤の小説の文庫化にあたって解説を書く仕事をまかされたようだ。佐藤の信頼が厚くなっていることが分かる。
 再開したインタビューは書き終わったばかりの『鳩の撃退法』について語り合うことになる。佐藤の回答がとても長くなっている。小説の創作法について詳しく語っているのもおもしろいが、二人のやり取りが大変興味深かった。気難しそうな佐藤をここまで饒舌に語らせた東根の人柄? 知性? がすばらしい。
 1、2巻と正味3年間近いメールのやり取りがだらけず一定の緊張感を保って続いている。面白くて2日間で読み終わってしまった。



書くインタビュー 1 (小学館文庫)

書くインタビュー 1 (小学館文庫)

書くインタビュー 2 (小学館文庫)

書くインタビュー 2 (小学館文庫)