佐藤正午『書くインタビュー1』(小学館文庫)は、インタビュアー東根ユミが聞き手になって、長期間メールのみで佐藤の小説の書き方について質問回答を続けている。その中に「件名:マンホールの蓋」という佐藤からのメールがある。
(……)コンビニからレジ袋提げての帰り道、ふと思い出しました。心の病にかかる前、かかった後もしばらくは、この道、コンビニから自宅マンションまでの道を歩くあいだ目についたマンホールの蓋(ふた)を必ず、片足で踏まずにはいられませんでした。それもこのマンホールの蓋は右足、あっちは左足と自分で規則を作って、決まった足で踏んでいました。それをしないと前へは進めませんでした。途中2か所、道のまんなか寄りにマンホールがあって、その蓋を踏みに歩くときには、車の往来がいっとき途切れるのを待たなければなりません。道ばたに突っ立って、5分でも10分でも辛抱強く待ちました。
その習慣をいつのまにか忘れていました。それをしないと道を歩けないという強迫観念みたいなものが消えているのにきのうふと気づきました。心の病が回復したこれがひとつの証拠かもしれない、とも思いました。いまはもう目的地にむかって、ふつうに歩けます。
これを読んで佐藤もアスペルガー症候群だったのかと思った。私もアスペルガーで、住んでいるマンションの中庭にあるマンホールの蓋に強いこだわりを持っていた。マンホールの蓋は4個まとまってあるのだが、通勤の行き帰りに必ずそれらの蓋を踏まないでしかも4個の真ん中を歩くことを自分に課していた。自分でもなぜそんなことをしなければならないのか分からなかったが、それをしないではいられなかった。
その強迫観念から解放されたのは、岡田尊司「アスペルガー症候群」(玄冬舎新書)を読んでからだった。自分がアスペルガー症候群で、それでマンホールの蓋にこだわるのだと知って、その呪縛が解けたのだった。いまはそのマンホールに何のこだわりもなく歩いている。
岡田によれば、佐藤や私は7つのパーソナリティ・タイプの「4.細部にこだわる強迫性タイプ」に分類されるだろう。それは、
強迫性タイプは、義務感の強さや融通が利かない頭の固さを特徴とし、決められたとおりにしないと落ち着かず、また、細かい部分に必要以上にこだわってしまう。アスペルガー症候群の診断基準のうち、反復的な行動やこだわりの強さの部分がよく該当し、社会性やコミュニケーションの問題が比較的軽いタイプといえる。
しかし、社会性やコミュニケーションのスタイルにおいても、過度に形式的で、柔軟性に欠け、杓子定規になりやすく、しばしば相手の気持ちや事情を斟酌せずに、一方的にルールや自分のやり方を押しつけてしまいやすい。仕切りたがり、周囲を思い通りにしようとすることもある。しばしば技術者、専門家、管理職や官僚として有能な人材となり、活躍することも多い。
難しいことはよく知っているが、日常的な会話は苦手であるのもこの特徴ととされる。優れた記憶力によって、豊富な表現や語彙を覚えて、すばらしい文章を書くことができるが、その一方でスピーチが苦手だとされる。
ちょっと褒めすぎだが、なかなか当てはまるように思われる。要するにアスペルガー症候群なのだ。
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