『幕が上がる』を見る

 本広克行監督の映画『幕が上がる』を見る。先に平田オリザ『演劇入門』(講談社現代新書)を読んだが、それを朝日新聞の書評欄で本広克行が推薦していた。その文章、

 『演劇入門』を読んだのはアクション映画「少林少女」を撮り終えた頃。戯曲の書き方や役者との向き合い方が書かれたハウツー本で、目から鱗の連続でした。それまで演劇は難しいと構えていたんですが、読み終えて、オリザさんの演劇を見てとても感動しました。彼のメソッドを広く世に知らしめたら、演劇の文化はもっと豊かになる。そう確信しました。なにより、このテクニックを僕の作品に生かしたいと感じたんです。
 すぐにオリザさん主宰の青年団に弟子入りして演劇を勉強。2010年に、この本が原案の舞台を演出しました。劇団ハイバイ主宰の岩井秀人くん脚本で、彼が演劇に出会い「演劇とは何か」を考える過程を描いたもの。何度も読み合わせをして本はぼろぼろ、もう3冊目です。(中略)
 今回監督した映画「幕が上がる」は、オリザさんの初めての小説が原作。ゲラの段階で見せてもらい、刊行時には映画化権が僕にあったんです。『演劇入門』から始まった縁でここまで来た。中途半端なものは作れない。いつも以上に必死でしたね。主演の「ももいろクローバーZ」には、この本の実践版『演技と演出』の内容を全部伝えて、徹底的に稽古しました。(後略)

 本広が絶賛している『演劇入門』は面白かった。それで、平田オリザ原作、本広克行監督の『幕が上がる』を見た。映画は楽しめた。高校のダメ演劇部が新しく赴任してきた教師の指導で全国大会を目指すまでになるという物語。ももいろクローバーZという初めて見る若い女の子たちが主演している。
 さて、映画はそれなりに楽しめたが、見終わって振り返るといくつか不満もあった。高校の演劇部が舞台といえば吉田秋生原作でこれも2度ほど映画化された『櫻の園』を思い出す。こちらはチェホフの『櫻の園』を上演することに努力する演劇部員たちの物語だった。『幕が〜』では最初からももクロを主演とおそらく決めていたのだろう、そのキャスティングに無理があった。『櫻の園』では(1回目の映画化しか見ていないが)自由に役柄に合わせて役者を選択することができた。今回はももクロのメンバーの中からしか配役を選べない。
 ついで原作の弱さではないか。平田オリザの原作を読んでいないが、吉田秋生のそれに比べて葛藤が弱い。新しい先生の指導で急激に巧くなる過程の説明が不足している。吉田秋生では部員どおしの同性愛も大きな要素を占めていた。葛藤がドラマを作る。
 登場人物の性格が類型的なのも気になった。もっともこれは、以前誰かが新聞に、現在岩波書店で刊行中の『井上ひさし中短篇小説集』について、人物の性格が類型的であまり書き込まれていない。それは井上が演劇出身のせいで、芝居の台本では登場人物は類型的にした方が芝居にしやすいし、あまり書き込まないのは舞台で役者に造形させるものだからだろう、と書いていたのを思い出す。
 さらに本広の演出がもしかしたら大きな問題なのかもしれない。元々の演劇部顧問の先生の描き方も必要以上に戯画化されている。
 もっとも、映画制作にあたって観客の動員数が大きなテーマであることは一応知っている。俳優をひとりひとり選ぶよりもももクロを主演とした方がマスコミに乗せやすいのかもしれない。演劇部を指導することになった先生黒木華がとても魅力的だった。調べたら『小さいおうち』で第64回ベルリン国際映画祭最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞していた。『舟を編む』にも出演していて、この映画はテレビで見ていた。そのとき彼女の魅力に気づかなかったのは、今回と違って気が強い印象が薄かったからかもしれれない。
 つい4カ月前にチェン・カイコー監督『さらば、わが愛/覇王別姫』という傑作映画を見てしまったので、どうしても辛口にならざるを得ない。
 吉田秋生といえば、『海街Diary』が映画化され、カンヌ映画祭長編コンペ部門にノミネートされているという。このマンガは楽しみでいつも新刊を待ちかねて読んできた。映画化も是枝裕和監督だというのでちょっと楽しみだ。