山梨俊夫『絵画を読み解く10のキーワード』を読んで(その2)

 山梨俊夫『絵画を読み解く10のキーワード』(小学館)を読む。山梨はきわめて優れた現代美術論『現代絵画入門』(中公新書)の著者だ。
 昨日の(その1)のフランシス・ベーコンについで、マティスピカソの比較を紹介する。まずマティスの『夢』(1940年)が取り上げられる。
 
マティス『夢」                

ピカソ『黄色い髪の女』

……肩と袖を大きく膨らませたブラウスを身につけた女が眠る。(中略)この作品にも画家自身の言葉がある。
「この絵は、果物に囲まれて大理石板のテーブルにもたれて眠る栗色の髪の美女をとても写実的に描き始めたのだが、それが紫色の面の上で眠る天使になってしまった−−紫は私が目にしたうちで一番美しい紫で−−彼女の膚は果肉状の花の暖かいバラ色−−そして服はとてもとても柔らかな薄い淡青色の上着と実に優しいエメラルドグリーン(少し白が混ぜてある)のスカート、これらの全体に輝くような漆黒の伴奏がついている。」
 絵についての記述は、画家のこの言葉に委せるとして、写実性から次第に遠ざかって仕上げられた作品は、絵の雄弁を十分に湛えている。閉じられた眼を表す線はいうに及ばず、頭部の輪郭や髪を描く3本の太い線、指先の簡略だが優雅な線、あるいはブラウスの模様、そして頭部を大きく囲む実際にはあり得ないほど長い腕、また、思いきりたわんだテーブルを暗示する線、それらを構成していく線の数々は、マティスの芯をなす線の性格を示している。線の骨組をもちながら、画家の言葉は、まるで彼の関心が色彩にしかないように、画家が選び取っていった色について語っていく。マティスの絵は、色彩の釣り合いをこそ、それとも色彩とそれが占める形態との調和をこそ、もっとも大切な到達点としてめざしているからであろうか。陰影はまったくなく、平板な描写は、むしろ色価の強弱の効果を助ける。
 この眠る女の姿勢は、ピカソが1931年に描いた『黄色い髪の女』と驚くほど似ている。そして似ているだけに余計、線の性格を中心に、マティスピカソの違いを際立たせもする。比較すればマティスの線は神経質なほどに繊細な印象を与える−−実際には神経質というより、線についての深い経験で磨かれたものというべきだが−−のに対して、ピカソのほうは線の速度をもって曲線に滞りがない。しかし、二人の線の走りの自在さや、対象の現実性に拘泥せずに絵画の造形性を前面に出すときのこののびやかさなどは、構図が類似していることとともに、ピカソマティスの接近を示している。そしてまた、それぞれ、キュビスムフォーヴィスムの旗頭として対立的に語られることが多いにもかかわらず、二人がともに20世紀前半期の絵画がめざしていた造形性の自立に加担し、その狙いの周辺で道筋を違えても互いに近づきあっていることが、とりわけテーマの共通したこれらの作品で、はっきりとしてくる。
 ピカソの絵でも、モデルはマティスの場合とほぼ同じように、弧を描く両腕に頭部をもたせかけ、テーブルに上半身をあずけ、眠る。眼を閉じて、眼差しの作用を消している。眠りはここでも、画家とモデルのあいだの緊張を解きほぐし、画家の息遣いを安らかなものにしているようである。ピカソマティスも、対象をありのままの姿から絵に置き換えるときは、自在な造形感覚を駆使するけれど、眠りは、その自在さにひときわくつろぎを与えるように働いている。

 みごとな分析だと思う。本書のような美術エッセイではなく、本格的な画家論を書いてくれることを望むものだ。現代美術の通史として『現代絵画入門−二十世紀美術をどう読み解くか』(中公新書)を書いた著者に、続けて各論を期待したいと思うのだが。
 本書『絵画を読み解く〜』へささやかな注文を。キーワードでまとめた本なので、画家の名前があちこちに散らばっている。こういう本にこそ索引が必要だと思う。小学館て、雑誌や全集ものが多いのに、基本的な本作りを知らないのだろうか?


山梨俊夫『現代絵画入門』を読む、すばらしい!(2013年1月10日)



絵画を読み解く10のキーワード

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