吉行淳之介・開高健『対談 美酒について』から

 吉行淳之介開高健『対談 美酒について』(新潮文庫)を読む。酒を飲みながら半ば酔っての対談だから、いささか品が悪いのは仕方ないかもしれない。そのゴシップめいたエピソードを、

開高  韓国の人は、私もある作品に書いたけれど、素晴らしい皮膚をもっている。
吉行  女性ですか。
開高  はい。全部が全部とは言いません。よくハンセン氏病の初期の状態では、皮膚がとても澄んで美しくなると言われるけど、私が接触したのでは、もうほんとうに病気じゃないかと思うぐらいに美しいのがいて、糸偏に光と書いて絖(ぬめ)、絹の最上等のやつね、これでもまだおぼつかないくらい。日本の女にもときどきありますけれども、韓国の女に見かけるあのすごさに比べると、とても、われわれのはまだまだ健康過ぎて……。

 知らなかった。
 つぎに、

開高  この間、アラスカから出発して南米の先まで行った。9カ月かかった。南米へ入ってからアルゼンチンまで、スペイン語のベテランが要るからと、ペルーで日本人の若者を雇った。これがよくできた若者で、28歳でスペイン語と日本語がペラペラでね。なにを語るにしても、メリハリというのか、非常にしっかりしている。ある日、いったいどのくらい女と寝てきたんやと聞いたの。すると28歳で500人くらい寝てきたって。500人というのは少ない数字かもしれません。(中略)
吉行  500人というのは少し多過ぎると思うんだね。つまり足踏みしていないということよ。それは12勝3敗だよな。相撲内容はともかくとして、やっぱり7勝8敗でいってほしいんだね。若い衆もだんだんわかってくると思うんだけど、30になったらやっぱり15戦連勝ではいけない。
開高  僕は500人! というのにたまげちゃって。とにかくこっちは晩学ですからね。そしたら、さながら私を慰めるがごそく、先生、女と男のあれは量ではありません、質です。若いときには何人女を寝転がしたかを自慢することに忙しくて、仲間内でそれを競い合ったけど、いまになって考えれば質ですと。
吉行  そこまでわかってきたわけだ。それはいいやね。

 そう言えば、知人の友人で北海道出身の30代半ばの男性が、何百人かの女性と寝たという。しかし、記録を伸ばすために一度寝た女性とは決して二度と寝なかったという。一度だけでは本当の味はわからないのに。
 さて、開高は若いときに血迷って年上の詩人牧洋子と一緒になり子供ができてしまった。その牧のことが嫌で、そのため家庭に帰らないで世界中を旅行して回っていたというような噂が流れていた。そのことについて開高が語っている。

開高  ……われわれのセックスライフね、それは18、9というときはただやりたい一心のアナキストで、穴でさえあればなんでもいいというので、私も人生の失敗を犯してしまった。以後離れられなくなっちゃって……こんなところでくどくどいったってしょうがないな(笑)。

 噂は本当だったのだ。開高は妊娠して退職した牧洋子の後任として牧のつてでサントリー(当時壽屋)に入ったのだという。それじゃあ牧は「福まん」じゃないか。


対談 美酒について―人はなぜ酒を語るか (新潮文庫)

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