吉行淳之介『ダンディな食卓』を読む

 吉行淳之介『ダンディな食卓』(グルメ文庫)を読む。グルメ文庫というのは角川春樹事務所が発行している文庫。吉行が亡くなって12年後に出版されている。内容は昔『夕刊フジ』に連載した食べ物に関する短いエッセイをまとめた『偽食物誌』(新潮文庫)に、『吉行淳之介全集』(新潮社)から4編の食べ物に関するエッセイを追加し、さらに短篇小説「菓子祭」を加えてタイトルを変えたもの。何かこの編集方針に釈然としないものを感じたが、角川春樹事務所だからこんなものか。また吉行が存命中だったら自分の食べもののエッセイを「ダンディな~」とは形容しないだろう。

 短篇小説「菓子祭」を読んだのは遙か昔の若い頃になる。主人公は別れた妻との間に生まれた娘と長い間会わないでいたが、中学生になってから月に1回会うことをしている。レストランで食事をしたとき、コースの最後に娘に店から特別にケーキがプレゼントされる。それが題名の由来だが、若い頃読んだとき、私はこれらのケーキの実態をほとんど理解していなかったと思う。

 

 一つ目のワゴンには、フルーツのタルト類、つまりフランス式のパイが並んでいる。円型のパイの皮が受皿になっていて、いろいろの果物の砂糖煮が盛られてある。黒すぐりとかパイナップルとかあんずとか……、小型のタルトレットも色彩華やかに添えられている。(中略)

 二つ目のワゴンには、中央に大きなチーズクリームケーキが置かれ、その表面の白いひろがりが粘った光をかすかに放っている。そのまわりにシュークリームとエクレアが、必要以上に隙間なく並んでいる。

 最後のワゴンには、苺のショートケーキが堂々とした威容を誇っていた。その大きな円の縁に、絞り出された生クリームの小さな飾りの山がずらりと並び、その盛り上がりの中央に一つずつ、柄のついた桜桃の砂糖煮が押しつけるように置かれてある。その果物の表面には鈍い光沢がある。苺はその大きなスポンジケーキの中に埋まっていて、まだ見えていない。

 

  吉行淳之介は私の好きな日本人作家3人のうちの一人で、主要な小説に関しては長篇も短篇もほとんど読んできた。吉行の語り口も好きなのだ。吉行を読むと慣れ親しんだ文章、気持ち良い文章を読んでいる感覚が蘇る。

 しかし、それにしてもこんな編集をして題名を変えて発行するなんて角川春樹事務所はちょっと姑息なんじゃないかと心の中で秘かに責めてしまう。