佐野眞一『新 忘れられた日本人』を読む

 佐野眞一『新 忘れられた日本人』(ちくま文庫)を読む。題名は宮本常一『忘れられた日本人』にあやかっているが、似て異なるものだ。宮本の名著のような感動はなく、むしろある種のゴシップ集とも言える。佐野がノンフィクションで取り上げた大物たちの周辺にいた脇役たちを取り上げたと書いているが、やはり脇役を通して大物のゴシップ的な側面が語られる。それは十分におもしろいけれど。
 佐野は『カリスマ』でダイエー中内功を描いたが、中内の盟友に畜肉商の上田照雄=ウエテルがいた。ウエテルと組むことによって初期のダイエーは牛肉の安売りを可能にし、飛躍することができた。そのウエテルのエピソード。

 彼の話は抱腹絶倒の連続だった。私はその粗削りな語り口の魅力に、たちまちひきこまれた。
「車はいつも100キロ以上でとばすことにしとるんや。赤信号? そんなもんかまへん。ありゃ、注意の合図や。
 女? そりゃようけいるで。わしはスッチャデスがごっつう好きでな。飛行機はいつも一番前の座席に座ることにしとんのや。むろん口説くためや。ひい、ふう、みい……っと、そやな、もう7人は口説いた。
 愛人で囲う? そんなもったいないことせえへん。みんな、うちの肉工場で働いとる。大きな牛刀もって肉を器用にさばきよる。みんなよう働きまっせ。愛人兼工場長や、ワッハハハハ……」

 日本マクドナルドの社長だった藤田田(でん)を「えげつないまでの個性を臆面もなく見せつけたという意味では間違いなく3本の指のなかに入る」と言う。

 超ワンマン、銀座のユダヤ人、ウルトラ合理主義者、非情、苛烈……。藤田評をあげればざっとこんなところだろう。藤田が残した語録を少しあげてみよう。
「日本人がこの先千年、ハンバーガーを食べつづければ、色白の金髪美人になるはずだ。私は、ハンバーガーで日本人を金髪に改造するのだ。そのときこそ、日本人が世界に通用する民族になるときだ」
「私に言わせるなら、頭さえ使えば金の儲かることはゴロゴロころがっている。それなのに金儲けできないヤツはアホで低脳で、救いがたい連中である」
「『マクドナルド』のハンバーガーは、アメリカの本社がコンピュータを駆使して世界のあらゆる民族に"うまい"と感じるようにつくったものだ。あれをまずいと感じるのは、チンパンジーとゴリラくらいしかいない」

 民社党委員長だった春日一幸について。

 古手の民社党議員から聞いた話が忘れられない。
「最盛時は、7人の愛人がいた。それがみんな金を払っても相手したくないような婆さんばかり。それをひたすら押しの一手で口説く。名古屋弁で女性自身を連発して哀願するんだ」
 春日の"人徳"は、そういう女性が選挙の度にこぞって応援に駆けつけ、炊き出しまで手伝ったことである。それでよく、本妻から文句が出ないものだと思うのだが、春日本人は平然としたものだった。春日が大真面目にこう言ったときには、腹がよじれるほど笑った。
「女房がヒステリーを起こしたときは、後ろから羽交い締めにして般若心経を唱えることにしておる。仏の御心で発作もおさまる」

 本書は『サンデー毎日』の2008年6月8日号から2009年5月31日号まで1年50回にわたって連載したものだという。50回も書いたせいか、始めのころに面白い話が多く、終わり近くは地味な話の印象がある。佐野にしては軽い読み物なので、きわめて短期間で読むことができる。文庫本で300ページを超えるのに。


新 忘れられた日本人 (ちくま文庫)

新 忘れられた日本人 (ちくま文庫)