夢枕貘の『仰天・プロレス和歌集』がおもしろい。これは1989年に集英社から単行本が発行され、1993年に集英社文庫が発行された。プロレスラーからの短歌の投稿を夢枕が選んで講評を加えるという趣向になっている。もう20年以上まえのことなので、プロレスラーも代替わりしてしまった。本書で中心になっているのはジャイアント馬場なのだろう。
医者へ行き運動不足と言われて
我はプロレス二十年目
これは、他人から見るとギャグそのものですが、御本人にとっては、もちろんギャグではありませんね。不思議な哀しさがありますね。この”二十年目”という言葉が、ずっしりとしていますね。
こんな風に短歌と講評がセットになっているが、短歌だけをいくつか紹介しよう。
おれの技を使う前座レスラーに
小遣いをあげたくない
ロープに向かって全力で走り去るきみに
技の名を告げそこね
この「技の名を〜」には、「困りましたねえ。これでは跳ね返ってもどってきた時に、どうしていいのかわかりませんね」と解説されている。
女にふられてやけになっている我のおそろしさ
今夜は折るかもしれず 折らぬかもしれず
いつになくはりきっているきみをみて
今日のTV中継を知る
膝に疾(はし)るこの痛みを我問わん
膝十字固めときみは言いけり
折ってみろと叫ぶきみの顔が蒼ざめている
折らぬこと知っているくせに
マットに寝てきみを待っている
フライングボディプレスという技のもどかしさ
喫茶店 リングネームで呼び出され
立ちあがれない我である
いえちがいますと言いわけしたいソープランド
わが長身のうらめしさ
健康法はプロレスですと答えるきみは
五十五歳のメインエベンター
一番よく効くのはヘタな技ですと言ってから
頭を掻いているインタビューである
長い脚もつれてころんだのではなかった
社長の寝技に感動する
しのぶれど色にいでにけりわが痛み
ギブアップかとひとのとふまで
社長というのはジャイアント馬場のことだろう。
そういえば中川道弘『金茎和歌集』(仮面社)という妖しい歌集もあったなあ。

- 作者: 夢枕獏
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 1993/07/01
- メディア: 文庫
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