『桜前線開架宣言』を読む

  山田航 編著『桜前線開架宣言』(左右社)を読む。1970年以降に生まれた若い歌人40人を集め、各人56首ずつ、合計2,200首以上を紹介している。1970年代生まれの歌人が19名、1980年代生まれが19名、1990年代生まれが2名となっている。編著者の山田がそれぞれに適切な解説を書いている。
 読み始めたときに、前衛短歌の大御所である岡井隆塚本邦雄らに比べ、けれんみたっぷりの、変った歌を詠んでいる印象が強かったが、読み進むにつれ、若手歌人を面白いと思えるようになった。印象に残った短歌を紹介する。

大松達知
ジャイアンツファンのやうにて恥づかしよソメイヨシノにばかり集ひて


松本秀
銀縁の眼鏡いっせいに吐き出されビルとは誰のパチンコ台か


横山未来子
鉄柵のむかうを猫の歩みゐて鉄柵にほそく分断さるる
あらずともよき日などなく蜉蝣は翅を得るなり死へ向かふため


雪舟えま
るるるっとおちんちんから顔離す 火星の一軒家に雨がふる


笹公人
注射針曲がりてとまどう医者を見る念力少女の笑顔まぶしく


今橋愛
もちあげたりもどされたりするふとももがみえる
せんぷうき
強でまわってる


岡崎裕美子
羽根なんか生えてないのに吾を撫で「広げてごらん」とやさしげに言う
Yの字の我の宇宙を見せている 立ったままする快楽がある


黒瀬珂らん(サンズイに門に東)
一斉に都庁のガラス砕け散れ、つまりその、あれだ、天使の羽根が舞ふイメージで


光森裕樹
ドアに鍵強くさしこむこの深さ人ならば死に至るふかさか


石川美南
茸(きのこ)たちの月見の宴に招かれぬほのかに毒を持つものとして
捨ててきた左の腕が地を這つて雨の夜ドアをノックする話


堂園昌彦
秋茄子を両手に乗せて光らせてどうして死ぬんだろう僕たちは


平岡直子
心臓と心のあいだにいるはつかねずみがおもしろいほどすぐに死ぬ


瀬戸夏子
しゃぼんだまの中に沢山いるようなかたつむりからの電話を待ってる


望月裕二郎
玉川上水いつまでながれているんだよ人のからだをかってにつかって
トランクスを降ろして便器に跨って尻から個人情報を出す


吉岡太朗
自転車のサドルとわしのきんたまのその触れ合いとへだたりのこと
縁起とはこの白色のたくわんの腸に交わり茶色くなること


野口あや子
窓ぎわにあかいタチアオイ見えていてそこしか触れないなんてよわむし


木下龍也
カードキー忘れて水を買いに出て僕は世界に閉じ込められる


大森静佳
これは君を帰すための灯 靴紐をかがんで結ぶ背中を照らす
あなたの部屋の呼鈴を押すこの夕べ指は銃身のように反りつつ


薮内亮輔
きらきらと波をはこんでゐた川がひかりを落とし橋をくぐりぬ


吉田隼人
まんじゆしやげ。それだけ告げて通話切るきみのこゑ早や忘られてゐつ
いくたびか掴みし乳房うづもるるほど投げ入れよしらぎくの花


小原奈美
別れしはあのあたりなり太陽の反対側にをりし夏の日

 木下龍也の「カードキー」の歌は、赤瀬川原平の宇宙の缶詰を思い出す。最後から2番目の吉田隼人は、恋人が自殺したという。「きみのこゑ早や忘られてゐつ」と詠むが忘れられるはずがない。私だって10年前に別れを告げて来た原和の最後の声を憶えている。
 小原奈美は1991年生まれ。
 途中のコラムで、山田航が書く。「長いスパンで考えると、現代歌人で100年後も残っているといえる歌人俵万智穂村弘だろう」と!
 とても参考になり興味深いアンソロジーだった。これを読めば現代短歌が好きになるかもしれない。



桜前線開架宣言

桜前線開架宣言