大野晋「日本語の源流を求めて」を読んで

 4年前、発行されたばかりの時に買っておいた大野晋「日本語の源流を求めて」(岩波新書)をやっと読んだ。日本語の源流に南インドタミル語が深く影響しているという著者の主張が何だか信じられないような気がしていて、それでなかなか手に取る気になれなかったように思う。発行直後に丸谷才一毎日新聞に書評を書いている。その冒頭にあたる全体の1/4を引く。

1.日本列島の西半分では、縄文時代ポリネシア語族の一つが使われていた。その単語はすべて母音終り。
2.九州北部へ、南インドから、水田耕作、鉄、機織という文明と共にタミル語が到来、その影響下に一つの言語(ヤマトコトバと呼ぼう)が成立した。
3.ヤマトコトバは、タミルから渡来した高い文明と共に広まった。
4.そのころ、北海道、東北地方にはアイヌ語がゆき渡っていたが、やがてヤマトコトバに同化され、アイヌ語は北海道、樺太、千島へと退いた。
5.九州南部では隼人語がおこなわれていたが、それもやがてヤマトコトバ化した。12世紀には沖縄にヤマトコトバが広まった。
6.ヤマトコトバの成立後、朝鮮半島から高句麗語がはいってきて、数詞の一部分や他の単語、タミルと異なる文明をもたらした。
7.その後、朝鮮半島を経て漢字が伝来し、その字音を学んで漢語が語彙に加わった。
 大野晋は『日本語の源流を求めて』で、日本語史のはじめのほうをこうまとめている。現代の国語学者のうち最も優秀で最も勇敢な人の、生涯の探求の総括。このなかで一番問題なのはタミル語によるヤマトコトバの成立だろうが、わたしはそれを含めて大野の見とおしを丸ごと受入れる。この線でゆけばきれいに筋が通るからだ。

 本書を読んで全く説得された。ただ1カ所、次の点を除いて。本書から、

7.その後、朝鮮半島を経て漢字が伝来した。その字音を学んで、次のように言語が変遷していった。

 そして、推古音、呉音、漢音、唐音等と具体的な解説が続くが、その推古音について大野はこう書く。

推古音。例えば奇(ガ)、宜(ガ)、臺(ト)などがもたらされた。今は邪馬臺国をヤマタイコクというが、ヤマトノクニだったわけである。

 古田武彦の草履取りに連なる者としては、この部分だけは肯んじることができない。古田先生は言われる。「三国志」の魏志倭人伝のどこにも「邪馬臺国」とは書かれていない。あるのは「邪馬壹国」であり、これは「ヤマイチコク」と読むべきだと。
 それ以外は何ら大野に異議を申し立てる箇所はない。画期的で独創的な日本語論だ。


日本語の源流を求めて (岩波新書)

日本語の源流を求めて (岩波新書)