安部公房の苛立ち

 安部ねり安部公房伝」(新潮社)より、元アサヒカメラ編集者の丹野清和へのインタビューから。

 僕(丹野)が「アサヒカメラ」を移って(安部公房に)お会いしなくなって、10年ぐらい経ってから、「朝日ジャーナル」で中上健次の連載やったんです、『奇蹟』っていう。中上はちょうど僕と同じ年なんです。で、連載が終わって、単行本になって。新潮社のパーティだったと思うんですが安部(公房)さんと中上が会ったんですね。僕が新宿で飲んでたら、中上から電話がかかってきて、おおいたいた、ちょっと行くって来たんですよ。で、今安部さんに会って、すごく褒められたって言うんです、小説をね。だけど「ジャーナル」なんかで2年間もよくこんな連載続けられたな、担当者、どういう奴だって。で、中上が、僕の名前言ったわけです。すると安部さん、ああ、あいつかぁ、って言ったって。中上が、安部さんなんでおまえのこと知ってんだ、って言っていた。
 中上は酔うとね、暴れるでしょう。それですぐ、俺は中上だよ、俺、作家だよ、わかってんのって。僕は言われたことないけど、言うわけですよね。同じこと、安部さんもやってるんですよね。酔っ払うとね、なんかこう議論になるでしょ。俺、誰だと思ってんの? 俺、作家だよ、って。僕は中上と10年後に会った時、あ、同じだなと思ってね。安部さんは暴れないけど、中上は暴れるんだけど、でも、同じでね。

 中上が酔ったときに暴れたり、誰だと思ってんのと言ったりするのは理解できる。中上は鬱屈したものを抱えていた。しかし、安部がなぜ同じことを言うのだろう。安部にどんな鬱屈があったのか。傍で見る限り順風満帆の文学者生活のように思えたのだが。

安部公房伝

安部公房伝