「夜の文壇博物誌」に書かれた作家たちのゴシップ

 大塚英子「夜の文壇博物誌」(出版研)は銀座のホステスの目から見た作家たちのゴシップ集だ。大塚英子は吉行淳之介の愛人だった人で、吉行亡き後、「吉行淳之介との28年間にわたる衝撃的な愛の日々を綴った」『「暗室」のなかで−−吉行淳之介と私が隠れた深い穴』を書いて、吉行淳之介の代表作たる『暗室』のモデルだったことを公表した女性。
 彼女は吉行に囲われるまで銀座の「ゴードン」ほかのクラブでホステスをしていた。その時に知り合った作家たちのことを書いている。
 安部公房はゴードンのママと大塚との3人プレイを強く望んでいた。ママの話。

「アベコウボウはね、あれ気が小さいんだよ。わたしが(自宅に)電話するとね、いつも声を押し殺してさ、なんかものすごくビクビクした感じで返事するの。書斎に女房が張りついているとは思えないんだけどさ、あれ、なんなんだろう。外ではあんなに威張っているのに」

 大江健三郎に対してはたいへん好意的だ。

 大江氏は、いつも変わらず紳士であった。氏は、お一人でお見えになることは一度もなかったが、何人であろうと、必ずといっていい程ご自身で支払いをなさった。

 大岡昇平遠藤周作司馬遼太郎も評価が高かった。大岡は女性に興味を示さなかったし、遠藤は女性を外に連れ出すようなこともなかった。司馬は物静かな、おやさしい方だった。

「ゴードン」にお見えになった立原正秋氏は、マダムの古川裕子にも、女性陣にも全く眼をくれることなく、同行の編集者の方を相手に、お仕事の話を夢中でなさって、お帰りになっていった。

 石原裕次郎にも気に入られた。裕次郎が慎太郎をさして言ったこと。

「兄貴より、俺の方がはるかに文才があるんだよ。だけどさ、俺があっちもこっちもやっちゃうとかわいそうだからね」
(中略)
 裕次郎さんは経済面をすべて夫人に握られていたから、世間の人が想像するような豪快な遊びは出来ずにいた。だから浮気相手の女性は、私を含めかなり大変だったはずだ。石原裕次郎氏は、お元気だったなら、政治家に転身する心づもりをお持ちになっていた。

 裕次郎が政治家に立候補したら最高得点で当選しただろう。慎太郎が政治家になれたのも、裕次郎の兄貴だったからで、作家だったからではなく、まして個人の魅力ででもなかった。
 大塚英子は本当によくもてたらしい。本書によれば彼女を口説いたのは、安部公房奥野健男川上宗薫、北原武夫、黒岩重吾五味康祐亀倉雄策黛敏郎など錚々たる連中だ。
 しかしながら、天は二物を与えず。作家としての才能はほとんでゼロに近いと言っていいだろう。吉行が生きていたら決して彼女に執筆することを許さなかったに違いない。
 それにしても作家たちの酒席での無防備なことよ! だが、それを活字でバラすのはホステスとして反則ではないだろうか。

夜の文壇博物誌―吉行淳之介の恋人をめぐる銀座「ゴードン」の憎めない人々

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